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社長のひとりごと

~知覧~

社長のひとり言

~知覧~

2014年 3月

妻と二人で鹿児島へ行ってきました。もちろんツアーです。今回の旅の目的は指宿温泉の砂蒸しと、知覧に行くことでした。砂蒸しはテレビや雑誌でたびたび目にしていましたから、どうしても体験したかったのですが、結論から言いますと、砂が重くて息苦しかった、普通のお湯の温泉のほうがよかったかなというのが正直な感想です。もちろんこれは私の場合に限ってのことで、妻や他のお客さんは大いに満足していたと思います。

ですから、ああ、これがかの有名な指宿の砂蒸しか、いい体験をしたなという満足感はありました。

知覧という地名は大好きな映画俳優、高倉健さんの映画「ホタル」を見て知りました。そこに特攻平和会館という施設があるのは後で知りました。ツアーのバスガイドさんは、丸一日かけても全部を見ることは出来ないと言われていたので、よほど大きな施設かと想像していました。ところが実際は建物も大きいのですが、それよりもそこに展示されている遺書や手紙、日記、寄書などが膨大にあり、それらを一つ一つ読んでいたら、一日では足りないということだと分かりました。特攻隊員たちの直筆の遺書は達筆で、浅学の私では読めないものもあります。でも目を凝らして遺書を一つ、二つ、三つと読んでいくころには、少し涙が滲んできます。これらを20歳前後の若い兵隊が書いていたかと思えば、また涙が溢れます。

会館のあちらこちらから来場者のすすり泣く声が聞こえてきます。以下は入り口でもらったパンフの言葉です。


"「知覧からの手紙」は、特攻戦死された特攻隊員が死の出撃直前に、祖国や家族を想い書き残したメッセージです。その中心にあるのが遺書や手紙、日記等です。家族を気遣い恋人を慕う主に10代後半から20代前半の青年たちが書き残した遺書の内容には、特攻の決意とともに父母への感謝、先立つことへの詫び、家族や恋人の将来の幸せへの願い等が書かれています。・・・・" 


館内にはほかに陸軍の飛行機(飛燕と疾風と隼の複製)が3機、海軍の飛行機(ゼロ戦)の残がいが1機展示してあります。ゼロ戦の残がいはリアルです。この機に乗っていた搭乗員がどうなったのかは書いてありませんでした。また建物の外に三角兵舎という名の、まさに二等辺三角形の兵舎(復元)があり、そこに起居していた特攻隊員たちの生活に思いをはせることが出来ました。                                                   悲しみとともに、許せないという思いが沸いてきます。いかに戦争とはいえ、こんなひどい戦法が許されていいのかという思いです。先の戦争の事実や実態を詳しくは知りませんが、もっと早く降伏できなかったのかという、単純で素朴な疑問を持つのは私だけではないと思います。

会館の外はもう桜が満開でした。満開の桜の向こうの青い空に、散っていた多くの特攻隊員たちの魂が、「もう戦争はしてくれるなよ。争うことはよくないよ。平和が一番だよ」と言っているように聞こえます。戦争は絶対反対と誰もが口にします。でもその想いの大きさはみな違います。せめて広島の原爆資料館と知覧の特攻平和会館へは、日本に住む人全員に行ってほしいと願うばかりです。

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