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お正月と地震|神戸で注文住宅を木の家で建てる工務店、セレクトホーム

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社長のひとりごと

お正月と地震

2010年1月

 

 毎年1月のこの講では、私の家族のお正月休みのことを書いています。2006年、2007年は暮れの12月30日に家族4人が揃いました。2008年は次女がいなくて3人でした。今年(2009年)、長女は例年通り12月29日に帰ってきましたが、看護婦の次女は元旦の午前10時に勤務先の大阪の病院まで迎えに行くことになりました。夜勤明けでとても神戸の実家まで電車を乗り継いで帰る体力、気力がないとのことで、親バカかもしれませんが妻と迎えに行きました。元旦の朝から車に乗って遠出するのは生まれて初めてのことです。私が育った大阪の実家では、元日はおごそかな雰囲気(その日の母は日本髪を結っていました)に包まれていて、子供のときから父に二段重ねか三段重ねのおとそを頂き、「お父さん、明けましておめでとうございます。お母さん、明けましておめでとうございます。お兄さん明けまして----------、三和子さん(妹)明けまして---------」とそれはそれは堅苦しい挨拶をしなければ、大好きなお雑煮も、鯛の塩焼きも、玉子焼きも食べさせてもらえませんでした。ですから、その日はとにかくおとなしく静かに父の訓示や、お説教を聞きます。じっと耐えていますと、やおら父は羽織の袖からお年玉を取り出し、「敬治(私)、無駄使いするなよ」と言いながら渡してくれました。子供心にでもお年玉をもらうまでは良い子にしなければという計算は出来ていました。「お父さん、有難うございました」とお礼。そうすると、間をおかず母も「敬ちゃん(私)、お母さんからですよ」と言ってお年玉をくれます。1年で一番うれしい時であったかもしれません。初詣は家族5人揃って近所の高津神社に行きます。元日であったかどうかは覚えていません。今の柿本神社(明石)や海神社(垂水区)のように屋台は1軒も出ていなかったので、きっと元日ではなかったのでしょう。お正月に家から出かけるのはこの初詣だけでした。今日(1月19日)地震のシンポジウムがポーアイの国際会議場であり「予想される巨大地震に備えて」というテーマで兵庫県知事をはじめ大学の先生、国土交通省のお役人、建築家など6人のお話を聴けてとても勉強になりました。二日前の17日は15年前の阪神大震災、テレビは各局とも震災の特集を流しています。折りしも中南米ハイチで大地震、テレビの画像から流れてくる悲惨な現状、犠牲者は20万人に迫るかもという。中国四川省で数十万人にも及ぶ犠牲者を出したのは、08年5月であったかと。ここでは、結論だけ書いておきます。大地震は必ずやって来ます。自分の家族や自身を守れるのは自分だけです。そのためには家具の転倒防止、耐震改修工事等を実施しなければなりません。皆その理屈は分かっているが実行しません。お金がないとか、もうあんな大きな地震は来ないだろうと何の根拠もないことで自分の怠慢を納得させている。大変不見識かもしれませんが、6434人の人は何のために犠牲になったのでしょうか。私たち生き残ったものには義務があるはずです。地震の恐ろしさを伝え、それから身を守る手段を知っているのですから、それを実行しその実践状況を日本中に、世界中に発信していく義務があると思います。「自分の命は自分で守る」これしかありません。出来ないこと、やらないことを人のせいや行政のせいにしてはいけません。またやらない理由を言ってもダメです。実行あるのみ。それが私達の使命だと信じています。


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