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社長のひとりごと

大津和で

大津和で

2009.9月

大津和(伊川谷)に住んで足掛け20年になります。その前は明石の松が丘で約2年、伊川谷町有瀬で約2年、西宮で約2年、豊中で約半年、その前は大阪市内の実家で独身でした。有瀬は分譲マンションに住んでいたのですが、一戸建てに住みたくて土地を探していました。幸い良い情報があったので、マンションを売りに出しました。すぐに買い手がついて喜んだのも束の間、肝心の買うほうがダメになりました。不動産でもプロを自称していましたがこの有様です。妻はマンション売却契約の手付金を倍返ししてでも、解約したらと主張しましたが、私は業界の人間としてそんな不実なことは出来ないと結局、売ってしまいました。当然、家族4人の住むところが必要です。時間もありませんでした。そこで松が丘の一戸建てを借りて住むことになりました。昭和63年の出来事でした。賃貸とはいえ80坪の敷地は、庭もあり4歳と2歳の娘たちの子育てにはこの上もない住まいでした。(ただし、家はプレハブ工法の築古年で隙間だらけ、夏の暑さと、冬の寒さと雨漏りには閉口しました)マンションに住んでいた時と、庭付き一戸建てに移った時では、妻と娘たちの喜びようは比較のしようもありません。仕事人間の私にとってはマンションの夏の涼しさと、冬の暖かさは捨てがたいものがありましたが、庭で遊び、家で歌う妻と娘達の幸せそうな毎日を見られることは何よりの幸せでした。
そんな松が丘での幸せな日々もバブルの到来によって、大津和に移さなければならなくなったのです。もともと、妻は持家志向が強く、私に今住んでいる松が丘の家を買い取ることは出来ないのかと言っていましたが、バブルによって不動産価格が異常なほど高騰し始めていたため、自分の経済力では到底不可能でした。当時は西神ニュータウンの神戸市の分譲地が安く何度も申し込みましたが、ことごとく抽選に外れました。そんな時に、大津和で46坪の分譲地があることを知り、当時の相場よりも500万位安いこともあり、買うことにしました。その時の心境はなにせバブル上昇期ですから、とりあえず大津和に住まいを確保しておいて、その上で西神ニュータウンを申し込み続ければ、きっとそのうちに当選するだろう。その時、この大津和の家を原価より高く売って西神ニュータウンで家を建てればいい、本当にそう出来ると信じていました。今から考えればまったく甘く、不純な発想としか言いようがありません。そこで家づくりを始めるのですが、気持ちが西神ですぐにでも又、新築出来ると思い込んでいますから、あまり身が入りません。妻がここはこうしたらとか、あそこはああしたらとか色々前向きな提案をしてくれたのですが、現在と比べて家づくりの知識も幼稚でしたし、私はこの家はすぐに売って、西神で本格的に建てるからあまりお金はかける必要はないと、妻の意見をほとんど採用しませんでした。夫として、人として大いに反省しています。そして家が出来ました。
あれから、20年が経ちました。バブルは崩壊し、西神ニュータウンでも、西神南ニュータウンでも土地は余っています。しかし、相変わらず大津和に住んでいます。今となっては、歩いていけるところに居酒屋、すし屋、ラーメン屋、うどん屋、カラオケ屋、散髪屋、コンビニ、本屋、ペットショップ------のある大津和が気に入っています。住めば都、とはよく言ったもの、娘たちが成長し大人になって、巣立ったこの家は、私の宝物です。ただ一つ、こんなことになるのだったら、20年前、妻の提案を全部聞き入れてやればよかったと後悔しています。もし、もう一度チャンスがあれば、その時はすべて妻の考えどおりの家づくりをしてあげたいと切に願っています。


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