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社長のひとりごと|神戸市で健康住宅、外断熱、ソーラーサーキットの冬暖かく、夏涼しい家を建てる工務店

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社長のひとりごと

~花見~

2019年4月

 今年も明石公園に花見に行きました。お弁当を広げるのはいつも剛ノ池のまわりなのですが、今年はお客様の奨めもあって、櫓(やぐら)のある広場の桜の木の下でシートを広げました。お客様が言われるように剛ノ池の周りよりは人も少なくて落ち着けました。妻は須磨の病院によってから来るとのことなので、私一人でバスに乗って、お弁当を買って、お酒を買って桜の木の下で青い空を眺めながら妻を待っていました。空の高いところには黒い大きな鳥が3~4羽、悠々と羽ばたくこともなく風に乗って飛んでいます。あぁ~鳥っていいなあ、次、生まれ変わることになったら空高く飛ぶ鳥もいいかなあ。あぁ~幸せだなあ、いい気分だなあと思ったとたん飲みたくなりました。リュックの中には家から持ってきた缶ビールが2本あります。1本は妻の分です。私にはワンカップのお酒も別にありましたので、妻の到着を待つこともなく1本飲んでしまいました。朝ごはんを食べたのは6時頃ですから昼の1時過ぎでは、結構空腹になっていたのでしょう。1本の缶ビールでさらに気持ち良くなって少し酔ってしまいました。私の大好きなことのひとつが桜の下で酔って眠ることです。お弁当を食べることなく眠ってしましました。

 妻からの携帯で起こされました。妻「お父さん、何処にいるのよ」私「昨日、ゆうてた櫓の公園におるよ」妻「なんで、そんなとこにおるのよ。階段上がるの大変じゃないの」と不機嫌です。妻は脚が悪く階段は苦手なのです。しかも場所に関して夫婦の認識は一致していなかったようです。妻「わかったわよ。そっちに行くわ」5分ほどして妻が来ました。場所のことで不機嫌なうえ、私が妻の到着も待たずに先にビールを飲んでしまっていたので、これは絶対に怒られるな、と覚悟していました。ところが予想に反して妻はニコニコしていました。病院での検査結果が良かったのが幸いしたみたいでした。それと、私が公園に来る前に明石駅の前で、お坊さんがお経を唱えて托鉢していましたので、合掌して僅かですが喜捨させて頂きました。早速、そのご利益に預かることが出来たみたいです。

妻とお弁当を食べながらワンカップのお酒を飲み干しました。妻は寒いからと言ってビールを残しましたので、それも飲みました。さらにサントリー山崎の小瓶に入れた角瓶を一口飲み、すっかり出来上がってしまいました。さあ寝るぞと横になろうとした瞬間、妻が「お父さん、池の周りを一周してソウトクリーム食べよ」昔の私なら「一人で行ってきて。お父さんは寝るから」と間違いなく言っていたと思います。しかし私も成長しました。「うん、そうしようか」と片付けをしてリュックを背負い妻と剛ノ池を周り、ソウトクリームを買って、屋上庭園で食べました。とりとめのない、どこの夫婦にもあるささやかな一日でした。多くの善男善女が楽しそうにお弁当を食べ、お酒を飲んでいます。皆それぞれ楽しいこと苦しいことを経て今を楽しんでいるのでしょう。桜が大好きで花見をする日本人って本当にいいなと思いました。楽しい一日を過ごすことができ、私は幸せ者です。有難いことです。明日からお酒を少し減らし、頑張って生きていきます。応援して下さいね。

| 19年04月22日

~社会的手抜き~

2019年3月

 今月もウィキペディアより転載します。「“リンゲルマンによる実験”20世紀初頭のフランスの農学者リンゲルマンは綱引き、荷車引き、石臼回しなどの集団作業時の一人当りのパフォーマンスを数値化した。実験の結果、1人の時の力の量を100%とした場合、2人の場合93%、3人の場合85%、4人では77%、5人では70%、6人では63%、8人では49%と1人当たりの力の量は低下した。リンゲルマンは集団が大きくなるほど集団全体のアウトプットと個人のアウトプットの合計の差は拡大するという現象を明らかにした」

「“ラタネとハーディの実験”目隠しとヘッドホンを着け、互いの行動が分からない状態にした2人1組のチアリーダーをつい立を挟んで座らせ、単独(1人)での条件と、ペア(2人)での条件で大声を出してもらい、騒音計で音量を計測する実験をしたところ、ペア条件での音量は単独条件の94%の音量しか出ず手抜きをしていた。しかし、実験後の被験者たちはどちらの条件でも全力を尽くしたと思っていたという」

この二つの実験は“社会的手抜き”と命名された実験とされ、さらに社会的手抜きが発生する要因として以下が記されています。

1、集団の中で自分だけが評価される可能性が低い環境。

2、優秀な集団の中にあって、自分の努力の量にかかわらず報酬が変わらないなど、努力が不要な環境。

3、あまり努力をしない集団の中では、自分だけ努力するのは馬鹿らしいという心理から、

  集団の努力水準に同調する現象が起こる。

社会的手抜きとは非常に手厳しい表現ですが、以上のようなことは私は勿論、皆さんも思

い当たることと思います。しかし、私たちはまたこれと正反対のことも知っています。つ

まり1+1=2ではなく3になるという事実です。成果を表す式として、成果=考え方×熱

意×知識×行動量、というのがあります。この式が正しいとすれば、まず知識は1人の知

識量よりも2人合わせた知識量のほうが絶対に多い筈です。また考え方や熱意や行動量は

一人一人違っていて当たり前ですが、二人がお互いを素直な気持ちでよく認め合えば、二

人が良い方向に向かって良い結果を出すこともよくあることです。

 結局、集団は社会的手抜き集団となって衰退し破滅していくか、1+1=3集団となって、

成長発展していくかのどちらかではないかと思います。また組織が衰退滅亡するのは外的

要因ではなく内部環境の悪化によるものだ、ともよく言われますが、組織を構成する一人

一人が社会的手抜きに陥り、自分達のパフォーマンスを半分以下としてしまえば、それも

当然の結果と言えるでしょう。私は人が二人集まれば集団、組織と考えます。従って家族

もまた組織です。決して社会的手抜きに陥らないよう精進する必要があります。私たちは

生きていられることにいつも感謝し、もうすでに幸福であるということを知らねばなりま

せん。精進し頑張って幸福になるのではなく、すでに幸福だから精進し頑張るのです。

| 19年03月25日

~衛門三郎~

2019年2月

 昨年11月に会社の旅行で松山の道後温泉に行きました。松山は亡父の出身地でいとこが大勢います。松山いとこ会と銘打って、ほぼ毎年のように松山に行っていますが、有名な石手寺(四国八十八箇所、51番札所)には一度も行ったことがありませんでした。今回は社員がとってくれたホテルが、たまたま石手寺に近く初めて参拝しました。お遍路の元祖といわれる衛門三郎(えもんさぶろう)の再来伝説ゆかりのお寺です。ここで衛門三郎の伝説を少し長いですが、ウィキペディアより下記に転載させて頂きます。

『天長年間のころの話である。伊予国を治めていた河野家の一族で、浮穴荏原郷の豪農で衛門三郎という者がいた。三郎は権勢をふるっていたが、欲深く、民の人望も薄かったといわれる。あるとき、三郎の門前にみすぼらしい身なりの僧が現れ、托鉢をしようとしていた。三郎は家人に命じて追い返した。翌日も、そしてその翌日と何度も僧は現れた。八日目、三郎は怒って僧が捧げていた鉢を竹のほうきで叩き落とした。鉢は八つに割れてしまった。実はこの僧は弘法大師であった。三郎には八人の子がいたが、その時から毎年一人ずつ子が亡くなり、八年目には皆亡くなってしまった。悲しみに打ちひしがれていた三郎の枕元に大師が現れ、三郎はやっと僧が大師であったことに気がつき、何と恐ろしいことをしてしまったものだと後悔する。三郎は懺悔の気持ちから、田畑を売り払い、家人たちに分け与え、妻とも別れ、大師を追い求めて四国巡礼の旅に出る。二十回巡礼を重ねたが出会えず、何としても大師にめぐり合いたい気持ちから、今度は逆に回ることにしたが、巡礼の途中、阿波国の焼山寺(八十八箇所 十二番札所)の近くで病に倒れてしまう。死期が迫りつつあった三郎の前に大師が現れたところ、三郎は今までの非を泣いて詫び、大師の望みはあるかとの問いかけに、来世は河野家に生まれ変わり人の役に立ちたい、と託して息を引き取った。大師は路傍の石を取り“衛門三郎再来”と書いて左の手に握らせた。天長八年十月のことという。 翌年、伊予国の領主、河野息利に長男の息方が生まれるが、その子は左手を固く握って開こうとしない。息利は心配して安養寺の僧に祈願してもらったところ、やっと手を開いた。その手から“衛門三郎再来”と書かれた石が出てきた。その石は安養寺に納められ、後に“石手寺”と寺名を改めたという。石は玉の石と呼ばれ、寺宝となっている。』

 この伝説では強欲な衛門三郎が弘法大師に為した行為により、天罰のごとく子供が次々と8人も亡くなったとなっていますが、私は弘法大師がそのような無慈悲なことを願うわけがないと確信しています。昔は子供や大人が若くして亡くなるのは普通のことですから、きっと、偶然であったのではと思います。

そんなことよりも石手寺には、この寺の住職が記されたのであろう小冊子が置いてありましたが、その内容に私は強い自戒の念を掻き立てられました。内容は、「ある日、門前に老人が倒れていました。家に入れようとするも、あまりの悪臭に汚いものをつまむようにしていた。そこへ住職の師匠が来られ、抱きかかえて家に連れ込んだ。ふと思った。“私こそ衛門三郎である”何のことはない。今まで見下していた強欲非道の衛門三郎とは実は自分自身であったのだ。・・・中略・・・衛門三郎は実は私やあなたである。だれが、汚いどこのものともしれぬ旅の者を介抱するであろうか」全くその通りです。私たちは衛門三郎です。どこまで行っても、衛門三郎と同じく、自分や自分の家族が大事なのです。そしていつも損得勘定で生きています。このことをもって罪があるとは言えないまでも、真理の世界に向かって成長していく姿であるとは言い切れないと考えます。衛門三郎は全てを捨てて遍路の旅に出ました。彼の人生は弘法大師が現れたため、家族と富のすべてを失いましたが、最後は幸福の光に包まれていたに違いありません。

| 19年02月21日

~見返り~

2019年1月

 妻からこんな話を聞きました。以前は自治会に入っていたのに今は入っていない人(自治会費を支払わない人)の言い分です。「会費を払ってきたが、それに見合うだけのことをしてもらってない」これが退会理由だそうです。これを聞いて私は唖然としました。そもそも自治会はモノやサービスの提供を受けるために入るものではなく、自分たちの街を少しでも良くしよう、そのために自分たち自身が集まりボランティアで活動する、そういう組織だと思います。月々200円の会費に対して見返りがないと主張し退会する、さびしい生き方をしている気の毒な人たちだと同情せざるを得ません。

 この講の2016年10月に“損得”というタイトルでも記しましたが、モノゴトを損得のみで判断し行動する生き方は間違いなく幸せとは正反対の生き方となってしまうと思います。損得だけの世界と思われるビジネスの世界でも、損得だけで行動すれば間違いなく破綻することになります。まして、家族、友人、近隣、その他のプライベートな関係において、その関係性を自分に見返りがあるかないかで判断するというのは間違っていると思います。それこそ大いなる損失です。

 仏教では人間には皆だれでも、仏性(仏になる性質、仏になっている状態)があると教えます。仏様は与えることはあっても、見返りを求めることは絶対にありません。人間にも仏様と同じ心があるというのです。有難いことです。例えば、外で人に道を聞かれたとき、その道を知っていれば、ほとんどの人は快く、その人に道順を教えます。その時、教えた人は見返りを求めるでしょうか。そんなことはありませんね。電車で老人や妊婦に席を譲ってあげた時、その人は見返りを求めるでしょうか。そんなことは絶対にありません。反対に譲ってあげたその人が、なにかしら良い気分になるのではないでしょうか。道を教えられた人や、席を譲ってもらった人から「どうも、ありがとう」などと言われようものなら本当に幸せな気持ちになれるはずです。「有難うとう」言いたいのは私のほうだ、きっと、そう思うはずです。

 松原泰道先生は著書“つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している”という長いタイトルですがその中でこう書かれています。「生きる目的とは他(ひと)の役に立つことです。人間はそのために生まれてきたのです。自分のためではありません。なかには自分の人生は自分のものとおっしゃる方がいるでしょう。もちろんそれはその通り。ですから自分の人生を通して、いかに他のお役に立つかを考えればいい。なぜならあなたはひとりで生きていくことは出来ません。他との縁があって初めて人生を育むことが出来るのです」この著書のタイトルには成功と記されていますが、この成功は経済的に裕福になるとか、社会的名声を得るとかという意味ではありません。自分に与えられた天命を知り、その天命を全うするため怠ることなく精進し、見返りを求めず、愚直に生きていくこと、それを成功と呼ぶのです。私もこの成功を求め精進します。応援して下さいね。

| 19年01月22日

~親孝行~

2018年12月

 ここ数年、一番変化を感じるのは皆さんも同じと思いますが、介護事業者の車が目につくことではないでしょうか。超高齢化社会ですから当然と言えば当然のことですが、それにしても多いですね。65歳以上の高齢者人口は2042年まで増え続け、高齢化率(総人口に占める割合)は2065年が38.4%でピークに達するそうです。(内閣府調査による)こうなってくると、政府のお役人や政治家でなくても、これから先、老人たち(私も含め)はどうなるのか、この国はどうなっていくのか、ととても心配なるのは私だけではない筈です。

 話は変わりますが、生き物の世界では先に死んでいく親に対して、子が親孝行するということはありません。唯一、人間だけが親孝行を美徳として教えられ実践してきました。しかし、種の保存ということ考えれば親の面倒をみるよりも、子の面倒をみることが明らかに優先です。子も親も両方みることができればいうことはないのですが、動物にはその能力が備わっていないのか親の面倒をみるものはありません。人間もこの地球上に現れたときから、きっと何十万年も動物と同じであったと思います。親孝行、つまり“孝”という概念は孔子や釈尊が説いたように、この僅か数千年前に現れ、それまでは他の動物たちと同じであったはずです。そうでなければ人類は滅亡していたかもしれません。ところが数千年前に地球上に文明が興り、一部に裕福なものが現れた結果、孝が説かれるようになったのです。裕福なものは、いずれは死んでいくとしても、自分が老いた後、その最後まで子にみてもらい自らの安楽な死を望んだのでしょう。安楽な死、これは裕福なものでなくても人間であれば、それを望むのが普通です。しかし、間違ってはならないのは誰もが安楽な死を望むであろうが、それを子に求めてはいけないということです。つまり親孝行は確かに美徳です。だからと言って親が子に対して親孝行を求めることは絶対にやってはいけないということです。世間では子に対して「育ててやった恩があるだろう。その恩を返せ」という人がいるそうです。とんでもない間違いです。親が子を育てるのは当たり前ですし義務でもあります。しかし、子が親の面倒をみることは義務ではありませんし、本能にも組み込まれていません。そうでないと人類にとしての種が絶えてしまうからです。だから釈尊や孔子は教えとして孝をあえて説いたのです。勘違いしないでください。親孝行するなと言っているのではありません。それを親が子に求めては、いけないと言っているのです。親孝行は素晴らしい美徳です。私自身、両親や先祖への感謝の念は忘れたことがありません。ですから自分なりに親孝行したつもりです。両親はもうだいぶ前に亡くなりましたから、どう思っていたか分かりませんが、多分喜んでくれていたのではと思います。

 子は親から受けた恩を忘れてはいけません。しかし、その恩は親に返すのではなく、子がいる人は子に返す。子がいない人は、周りの人に返す。もし、親から受けた恩などないと考える人でも、この世に生まれ出たことは親に感謝しなければならないと思います。なぜならこの世に生まれてきたということは自分の意思だと思うからです。その自分の意思を尊重し生んでくれた親には感謝してもしきれないほどの恩があります。人間に生まれることは本当に奇跡です。そして何よりも幸せなことなのですから。

| 18年12月22日

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