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社長のひとりごと|神戸市で健康住宅、外断熱、ソーラーサーキットの冬暖かく、夏涼しい家を建てる工務店

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社長のひとりごと

~高校野球~

2019年8月

 今、夏の高校野球が真っ盛りです。彼らの勝利を目指して戦う様は時に大きな感動を私たちに与えてくれます。私は昔から甲子園の高校野球が大好きです。この講を記している前日も地元の明石商業が2回戦に勝ち8強に進みました。あいにく仕事なのでテレビを見ることは出来ませんでしたが、夜のニュースで見ることが出来ました。本当にうれしいですね。

 一方、岩手県大会で大船渡高校がエースの佐々木君を決勝で投げさせなかったことが大いに話題となりました。賛否両論色々あったみたいでしたがネット上の意見では、監督が佐々木君を投げさせなかったことを是とするものが圧倒的多数のように感じました。その理由の大半は監督と同じで、将来ある投手を潰してはいけないというものでした。高校生で160キロの速球を投げる、日本のプロ野球、ひいてはメジャーに行っても活躍するかもしれない可能性のある一人のたぐいまれなる素質を持った投手を、高校野球の地方大会ごときで潰してしまってはいけない。という風に私は受け取りました。確かにそうでしょう。過去、多くの素晴らしい投手が苛酷な登板を強いられ肩や肘を壊して、その年、爆発的な活躍をしたにもかかわらず翌年、まったく球が走らず打者に打ちのめされ引退に追い込まれた事例は私も知っています。しかし、私は敢えて皆さんのご批判を覚悟して言います。監督は間違っていたと。野球の素人の私ごときがおこがましいことですが、監督は佐々木君に「調子はどうだ」と訊いて投げさせるべきであったと思います。その結果、決勝戦に勝って甲子園に行けたかどうかはどうでもいいことです。

 多くの人は将来ある投手を故障で潰してはいけない、と言います。この場合の将来ってなんでしょう。プロ野球にドラフ1位指名されて多額の契約金をもらい、数年活躍して今度はメジャーに行き、数億円以上の年棒を稼ぎ、引退してプロ野球の監督になり・・・・・とこんなことを将来と言っているのでしょうか。名声を残し、財を残すことが人生の成功なのでしょうか。私は違うと思います。私は世界のホームラン王の王貞治氏を尊敬しています。私のそれは彼のホームラン世界記録ではありません。3冠王をとったことでもありません。王さんのホームランを打つために、私たち凡人がまねのできないような血のにじむような努力を積み重ね続けてきた、そのことに感動し尊敬するのです。軟骨肉腫のため21歳の若さで亡くなった大島みち子さんの人生に価値はなかったのでしょうか。どのような人生であっても、常に今の目の前のことに精一杯の努力をやり続けた人生こそ最も価値ある人生だと思います。私たちはあまりに拝金主義、打算主義、楽な人生送りたい主義に毒されていないでしょうか。仮に佐々木君が甲子園に出場し連投に連投を重ね、そして故障し投手生命が終わったとしても、彼のしたことは立派であり称えられるべきことであり価値あることです。投手生命の終わった彼が、その後、別の道を歩んで行き、その道で精進を重ねていけば、それは素晴らしい価値ある人生です。人間の明日の命など誰も保証できません。過去もなければ未来もありません。あるのは今だけです。今ここにある命に感謝し、今ここを精一杯生きる、それがすべてだと信じています。                    感謝合掌

| 19年08月23日

~トイレ掃除~

2019年7月

 もう15年以上前になると思います。取引先の社長がひょっこり訪ねてきて私に1冊の本をくれました。鍵山秀三郎著のたしか「掃除道」というタイトルでPHPから出版されていたと思います。(誰かに貸したまま返ってこないので、うる覚えです)その時まで私は鍵山氏のことは知りませんでした。でも読み始めていきますと面白いので1日で完読しました。その中で今でも覚えているのが、氏が掃除の啓蒙活動のため台湾に行って、そこで便器の上まで盛り上がったウンコを腕まくりして素手で押し込んで流した、という話です。イエローハットの創業者で当時、社長か会長かは知りませんが大企業経営者である人が、いかに掃除が大事であるかを伝えるためとはいえ、素手で他人のウンコを指先ではなく手のひら全体で触るなど正気の沙汰ではない、といたく感動しました。また小便器用の水こしを洗ってピカピカにし、それでもってビールで乾杯するという話も衝撃でした。それ以来、鍵山先生のファンになり今では会社の朝礼で氏の“一日一話”を社員全員で読むまでになりました。私はというと早速、鍵山先生の真似をして会社のトイレ掃除をするようになりました。(先生はゴム手袋とか使わずに素手で掃除することを勧めておられますが、私の場合、最初はそうしていましたが、残念なことにアルコールとか洗剤とかで手が荒れるようになり、今はゴム手袋を使用しています)トイレ掃除を始めた理由は簡単です。これをすれば何か良いことがあるのでは、うまくいけば会社が儲かるようになるかもしれない、という打算でした。事実、当時、朝礼で「打算でもいいから、人の役に立つことをしなさい。しないよりはしたほうがいいですから」と訓示していました。今、想い起すと自分の醜さに吐き気がします。なんだかんだ言って結局、自分のことしか考えていなかったのです。鍵山先生は何か良いことが起こるから、会社が儲かるからトイレ掃除をしなさいとは考えていないと思います。“大きな努力で小さな成果を”と言われる氏の考え方は、結果としての成果よりも今、目の前にあることに精一杯努力することの大切さを説かれたのではと思います。私が朝礼で人の役に立つことをしなさい、と訓示するのは実は「俺はこんないいことをしているんだ」と暗に自分のトイレ掃除を誇示したことにほかならないのです。これはおよそ仏教でいう徳や功徳を積む、と対極にある行為でした。良いことは人の目につかないところで、誰にも知られずにやらなければなりません。と言いつつも煩悩具足の私などは、どこか人に知ってほしい、と思う気持ちが完全に拭い切れません。でも心配はありません。人は見ていなくても神様、仏様がちゃんと見て下さっています。以下は仏教を勉強するようになって知った物語です。

 中国 梁(りょう)の皇帝武帝がインドから来た高僧達磨大師(だるまだいし)に尋ねます。「私は寺を建て、写経をし、僧を度す(助けること)ことなどいろいろやった。私にはどのような功徳があるか?」皇帝武帝は仏教庇護のためにいろいろ尽力した人です。すると達磨大師は「無功徳」と答えました。つまりあなたに功徳はありません、と返答したのです。

仏教ではとても有名な物語です。自分はこれだけのことをやった、と誇示するような人の行為は功徳ではない、というとても厳しい教えです。私たちはいつも自分を評価して欲しいという煩悩から抜け出せません。でも真に幸福な生き方を望むのであれば、自分が正しいこと、善いことと思うことを人に知られず実行していく。これが何よりも大切なのではと確信するようになりました。気付くのが遅かったようですが、少しずつ実行していきます。

| 19年07月23日

~報恩~

2019年6月

4月に行われた東京大学入学式の祝辞が一時、テレビのワイドショーなどでよく取り上げられていました。メディアでは上野先生の「頑張ってもそれが公正に報われない社会があなた達を待っています」との言葉だけが独り歩きして、その是非を問う形で議論されていたような気がします。メディア批判のつもりは毛頭ありませんが、昔からメディアは誰かがしゃべった長い一文のワンセンテンスだけ取り上げて、それを批判的に書いたり、話題としたり嘲笑の対象としたりする傾向があります。きっと短い表現で視聴者、読者の心を掴まないと経営が成り立ちにくい組織なのでしょう。致し方ないかもしれません。ですから私達はメディアの言うこと、書くことを真に受けて、惑わされたり騙されてはいけません。今はネットで何でも調べられます。(もっともネットに出ていることも頭から信用してはいけません。私は何度も騙されています)手間を惜しまず、きちんと自分で調べてから自分の意見としましょう。私も祝辞を行った上野千鶴子先生の言葉をネット上で読みましたし、ユーチューブでも聴きました。

私はこの講でよくこう記します。がんばって幸せになろうではなく、もう既に幸せなんだから頑張ろう、と。ですので上野先生の“報われない社会が待っています”との言葉を聞いた時、それは違うと、即座に反応しました。私たちはもう既に充分に報われているのだから、報われない社会と言う言葉には納得がいきませんでした。私もまた、メディアに踊らされた人間の一人でした。しかし上野先生は、この言葉に引き続き「そしてがんばったら報われるとあなたが思えることそのものが、あなた方の努力の成果ではなく、環境のお蔭だったことを忘れないようにして下さい。がんばったら報われると思えるのは、これまであなた達の周囲の環境が、あなた達を励まし、背を押し、手をもって引上げ、やり遂げたことを評価して褒めてくれたからこそです。世の中には、頑張っても報われない人、頑張ろうにもがんばれない人、頑張りすぎて心と体を壊した人たちがいます。・・・中略・・・・

あなた達の頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を貶めるのではなく、そういう人々を助けるために使って下さい。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きて下さい。・・・・」

と、すばらしい言葉が続いたのでした。

 弊社では行動指針の20番に“才能は人のため。決して私物化致しません”と記しています。これはキョーセラの稲森和夫先生の著書からヒントを得て作ったものです。上野先生はこのことを、もっとわかりやすく美しい言葉で語ってくれました。反発から入りましたが、よく調べてみれば僭越ながら私と同意見でした。がんばっても報われない社会にあっても、あなた達はもう既に報われているのですよ、だから、その恩に報いるような生き方をしてください、というのが上野先生のお考えと知りました。私たちが持っている能力は努力で身に付けたものもありますが、その根底の能力は自分の力で持ったものではありません。大いなる力によるものだと確信しています。その能力を世のため人の為に使うことはまさに、神仏の御心にかなうものです。そのような行為をやり続けることによってのみ、神様、仏様はそのご褒美として何もまして得難い幸福感で私たちを包んでくれるのです。

| 19年06月20日

~嬉野~

2019年5月

 妻は大の焼き物好きです。そこで二度目の焼き物めぐりに行ってきました。前回は唐津、伊万里、有田の3か所でしたが、今回は伊万里、有田、波佐見の3か所を回ってきました。

九州とくに佐賀県は焼き物のメッカで2日間ではとても全部を見て回ることは出来ません。レンタカーを借りて回るのですが、如何せん土地勘がないものですからナビがあるとはいえ、うまく目的地に着かないことが多かったです。運転で疲れましたが、それでも温泉に浸かって美味しいごちそうを食べられたことには本当に感謝です。

 嬉野温泉に泊ったのですが久々に良いサービスが受けられました。2日目はガイドブックで見つけた“轟の滝”という所に寄ってから波佐見焼を見に行こうと妻と話していました。妻は滝を見るのが大好きなのです。部屋に入ってそのことをスタッフの若くてかわいらしい女性に話すと、そこは、雨がここのところ降っていないので滝というより、ただの段差ですよ、とアドバイスしてくれました。滝を見に行って、水が落ちていなかったら、これほどつまらないものはありません。今回の目的は陶器を見て、安くて良いものがあったら買おうという旅ですから、強行日程のなかを割いて水の無い滝を見る余裕はなしです。

 夕食の時です。例の女性スタッフがニコニコしながらテーブルにやってきて、私たちに小さなメモと地図を差し出すのです。みれば、滝の名前がびっしりと書いてあります。それも彼女の見たランキング順に書いてくれていました。唐津のほうに良い滝があるとのことでしたが、翌日は13時過ぎの列車に乗って帰途につかなければなりません。唐津までは最低1時間かかります。結局あきらめました。でも彼女の心遣い、すごく嬉しかったです。さすが嬉野温泉ですね。 それにしても、温泉旅館のスタッフが頼みもしないのに、私たち夫婦の気持ちを察して10か所近い滝を調べてメモにし、地図まで用意してくれるなんて、私も自分の仕事柄、お客様には気遣いし仕事をしますが、ここまでのサービスには頭が下がります。仮にその旅館がそのように指導していたとしても、なかなかそこまで出来るものではありません。彼女には損得勘定など微塵もなかったのです。嬉しかったし、勉強にもなりました。次回、佐賀に行くときはきっとこの旅館を選ぶでしょう。

 私たちは往々にして目先の損得勘定からなかなか抜け出すことが出来ません。これをやったら、何が返ってくるのかな。これだけしてやったのだから、これぐらいは返してもらって当たり前だ。と、こんなことばかりを考えています。そして、いつも自分や自分の家族が最優先です。真理の世界では自分と他人との間に線引きするものはありません。皆、本当は一つなのです。家族を大切に思う気持ちがあるのであれば、その思いを他の人々にも持つように努力しなければなりません。  

あるお弟子がお釈迦様に告白しました。「私はいくら修行しても、自分が一番大切であるという心から抜け出せません」お釈迦様は言われました。「それでよい。ただお前が自分を一番大切に思うように、他の人々も自分が一番大切だと思っている。そのことを忘れてはならない」                    

| 19年05月18日

~花見~

2019年4月

 今年も明石公園に花見に行きました。お弁当を広げるのはいつも剛ノ池のまわりなのですが、今年はお客様の奨めもあって、櫓(やぐら)のある広場の桜の木の下でシートを広げました。お客様が言われるように剛ノ池の周りよりは人も少なくて落ち着けました。妻は須磨の病院によってから来るとのことなので、私一人でバスに乗って、お弁当を買って、お酒を買って桜の木の下で青い空を眺めながら妻を待っていました。空の高いところには黒い大きな鳥が3~4羽、悠々と羽ばたくこともなく風に乗って飛んでいます。あぁ~鳥っていいなあ、次、生まれ変わることになったら空高く飛ぶ鳥もいいかなあ。あぁ~幸せだなあ、いい気分だなあと思ったとたん飲みたくなりました。リュックの中には家から持ってきた缶ビールが2本あります。1本は妻の分です。私にはワンカップのお酒も別にありましたので、妻の到着を待つこともなく1本飲んでしまいました。朝ごはんを食べたのは6時頃ですから昼の1時過ぎでは、結構空腹になっていたのでしょう。1本の缶ビールでさらに気持ち良くなって少し酔ってしまいました。私の大好きなことのひとつが桜の下で酔って眠ることです。お弁当を食べることなく眠ってしましました。

 妻からの携帯で起こされました。妻「お父さん、何処にいるのよ」私「昨日、ゆうてた櫓の公園におるよ」妻「なんで、そんなとこにおるのよ。階段上がるの大変じゃないの」と不機嫌です。妻は脚が悪く階段は苦手なのです。しかも場所に関して夫婦の認識は一致していなかったようです。妻「わかったわよ。そっちに行くわ」5分ほどして妻が来ました。場所のことで不機嫌なうえ、私が妻の到着も待たずに先にビールを飲んでしまっていたので、これは絶対に怒られるな、と覚悟していました。ところが予想に反して妻はニコニコしていました。病院での検査結果が良かったのが幸いしたみたいでした。それと、私が公園に来る前に明石駅の前で、お坊さんがお経を唱えて托鉢していましたので、合掌して僅かですが喜捨させて頂きました。早速、そのご利益に預かることが出来たみたいです。

妻とお弁当を食べながらワンカップのお酒を飲み干しました。妻は寒いからと言ってビールを残しましたので、それも飲みました。さらにサントリー山崎の小瓶に入れた角瓶を一口飲み、すっかり出来上がってしまいました。さあ寝るぞと横になろうとした瞬間、妻が「お父さん、池の周りを一周してソウトクリーム食べよ」昔の私なら「一人で行ってきて。お父さんは寝るから」と間違いなく言っていたと思います。しかし私も成長しました。「うん、そうしようか」と片付けをしてリュックを背負い妻と剛ノ池を周り、ソウトクリームを買って、屋上庭園で食べました。とりとめのない、どこの夫婦にもあるささやかな一日でした。多くの善男善女が楽しそうにお弁当を食べ、お酒を飲んでいます。皆それぞれ楽しいこと苦しいことを経て今を楽しんでいるのでしょう。桜が大好きで花見をする日本人って本当にいいなと思いました。楽しい一日を過ごすことができ、私は幸せ者です。有難いことです。明日からお酒を少し減らし、頑張って生きていきます。応援して下さいね。

| 19年04月22日

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