社長のひとり言 

ある日のできごと 2006年10月11日

ある日のできごと
                                                                                                                

2006年10月

今日、午後8時30分頃家内から携帯に電話があり、「トモちゃんがシャワーしてたら、お湯が出なくなったのよ。お父さんも来てるし早く何とかしてよ。」
我が家は以前にも書きましたが、築15年もうじき16年になるというボロ家です。その中で、たった一つの自慢が16号の給湯器が一度も壊れずにここまでもってきたという事でした。でもさすがに、約16年、寿命がきたと言わざるを得ません。運の悪いことに、家内の父が広島から昨日着いたばかりのときだったのです。私が「この時間から修理に来てくれる人は日曜だしいないよ。それに
修理ではきかない。交換するしかないから、最短でも水曜日だよ。」とやさしく言いました。でも電話口からは、そばで上の娘の由佳が「今日中に絶対にお湯が出るようにしてよ。まったくー」とわめいているのが聞こえてきました。
 管理物件の入居者から、「湯が出ない、早く何とかしろ!」とよく怒られましたが、わが娘からも同じように言われるとは、なんと情けない。
 家に真っ直ぐ帰っても風呂に入れないので、銭湯に行くことにしました。幸いにも多満津の里という銭湯がすぐ近くにあるのを知っていましたから、「お父さんは銭湯に行くけどお母さんと由佳とお義父さんも行くか。」「私と由佳はおねえちゃんのとこでお風呂に入らせてもらうからいいわ。お義父ちゃんは別に入らなくてもいいって言ってるから。」
 私は一人で初めて多満津の里に行きました。手ぶらで行きましたが、向こうで何でも売っているので困りません。お風呂はお湯も結構きれいで、適温で、露天風呂とか泡風呂とかサウナとか色々あってすっかり気に入りました。
 10時ころ家内と娘を義姉のところに迎えに行って、それから家に帰りました。
義父に「お義父さん、お風呂に入れなくてどうもスイマセンでした。」義父は
「わしゃーなんともなーで。1週間くらい風呂なんか入らんでもどうもなーで。」と広島弁で気遣いの返事でした。ありがたい事です。私の家族とは大違いです。
義父は今、80歳。広島県の今は呉市と市町村合併で呼び方が変わりましたが、確か一昨年までは豊田郡豊浜町斎という住居表示でした。現在の人口が25人ほどの正しく離島です。私も若い時に何度か行ったことがありますが、すごくいいところです。まず、車が1台もない。お店も一軒もない。医者もない。あるのは澄んだ海水と、入れ食いの魚、人情あふれる島の人々です。あまり、すばらしいので都会から移住してきた夫婦が二組いるそうです。義父は現役のころ外国航路の貨物船の船長をしていたそうです。いかにも海の男です。風呂の一つや二つ、入れようが、入れまいがそんなちっぽけなことは本心から気にしていないのかもしれません。私はそんな、義父が大好きです。私の実の両親はもう亡くなっていますので、よけいにそう思うのかも。お義父さん、いつまでも元気でね。



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