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社長のひとりごと

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2016年10月

 最近、今まで見もしなかった新聞の死亡欄をなぜかよく見るようになってきました。そして恥ずべきことですが、90歳代の死亡記事にはホッとし、50歳代のそれには不安を感じるという相変わらずの煩悩自我から抜け出せません。でもやはり年のせいなのでしょう。死を意識する年齢になってきたことだけは確かだと思います。妻との会話でも、どちらが先に逝くかとか、病気や事故で植物状態(自力で呼吸や食事ができない状態と勝手に定義しています)になった時は、延命治療はしないでおこう、とかのことがよく話題になります。

 仏教本では不生不滅の言葉に代表されるように、生死(しょうじ)について多く語られています。私は8年前に飯田先生の著書をきっかけに、以来ずっと“生まれ変わり”を信じてきましたし、今も信じています。ところが仏教では生も死も本来区別はない、だから生じもしなければ滅しもしない、というふうに教えます。お坊さんには怒られるかもしれませんが、私はどちらも同じようなことだと考えています。私にはどちらも救いです。

 人間は何も持たずに生まれてきて、何も持たずに死んでゆくという厳然たる事実があるのにもかかわらず、なぜかものを持ちたがる性質があります。素人考えですが、きっと本能に飢えることへの危機意識があり、そのようにさせるのでしょう。現に地球上のいたる所でその日の食事に事欠く人々が大勢います。だから飢えに備えて、たくさん持っておきたい、という心理が働くのは自然なことなのかもしれません。そして、その意識が段々と高じて、贅沢な暮らしを渇望するということになるのでしょう。だれでも貧乏よりは金持ちがいい、と考えます。その結果、金持ちになることを人生の目標とする人が増えてきます。決して悪いこととは思いませんが、やり方を間違えると人生は不幸ことになる可能性があります。つまりお金を人生の目標としてしまう生き方は、結局のところ、いつも損得しか考えないという生き方に陥ってしまうのです。何かをしたり、何かをする前に、いつもその見返りを期待し計算するのです。そして、やったことに対して期待していた対価や見返りがないと失望します。イヤになります。純粋な商いであれば、正当な対価を求めることは当然ですが、多くの人がそのビジネスの損得勘定を人生全体にまで拡大してしまうのです。家庭や友人・恋人関係や地域関係にまで拡げてしまいます。これは間違いです。(ビジネスで得られる対価は、人の役にたった成果であり、真摯でたゆまぬ努力の結果です。決して放逸な経営、怠惰な労働で得られるものではありません)その結果、家庭や職場の人間関係、隣人知人関係がギクシャクするのです。さらに言うと、人は今まで持っていたものを失うということに強い不安を覚えます。そしてその持っていたものを失うまいと、また損得勘定のみで行動します。しかし、その失おうとするものを、持っていなかったときは、何の不安もありませんでした。あったのは、持ちたいという希望ではなかったかと思います。

人間は必ず死にます。ならば悔いなく生き、悔いなく死んでいく道とは一体なんであろうか、ということを、それぞれが真摯に考えていく必要があると思います。少なくともこれだけは言えます。人間は損得のみに縛られ、ものを持つために生まれてきたのではない、ということです。生きる為に持つのであって、持つために生きるのではありません。


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