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社長のひとりごと

~真剣に生きる~

2016年8月

2年前の2014年6月のこの講でアドラー心理学の「嫌われる勇気」(ダイヤモンド社)を少しだけ記しました。今もう既に135万部も売れたそうです。皆さんの中にも読まれた方は大勢いらっしゃるのではと思います。そしてなぜか、もう一度読んでみました。皆さんも経験があると思いますが、一度読んだ本を数年後、あるいは数十年後に読み返してみると、その当時の感じ方と今とでは大きく違うこと、また分からなかったこと理解しにくかったことが、スッと腑に落ち理解できたということがあると思います。今回もそうでした。少し成長できたのかもしれませんね。この本はアドラーの思想を、青年と哲人の対話形式のなかに落とし込んでいく手法で、理解し易くしてくれています。人の行動や環境を原因論ではなく、目的論で捉え、人間の悩みは全て「対人関係の悩み」と断定しています。これらのことは私も大いに納得したのですが、一部納得できなかった部分がありました。それは「一般的な人生の意味はない」という言葉でした。当時も今もですが私は飯田先生から学んだ生まれ変わり論者です。そして「全てのことには意味がある」と信じていました。ところが2年前、緑内障になったことをきっかけに、仏教を少しずつですが学んできました。そしてその教えの中に、宇宙の真理すべてを人間が知ることはできない、というのがあります。全くそのとおりと思います。そうであれば「全てのことに意味がある」ということが仮に真理であったとしても、その全ての意味がなんであるかは分からない、というのが真実ではなかろうか、と思うようになってきました。全ての出来事の意味が分からないのであれば、人生に意味はない、ということを頭から真っ向否定することは出来ないという結論に達しました。哲人は言っています「たとえば戦禍や天災のように、我々の住む世界には理不尽な出来事が隣り合わせで存在しています。戦禍に巻き込まれて命を落とした子供たちを前に、「人生の意味」など語れるはずもありません。つまり人生には一般論として語れるような意味は存在しないのです。・・・」しかし続けてこうも言っています「・・・人生一般には意味などない。しかし、あなたはその人生に意味を与えることが出来る。あなたの人生に意味を与えられるのは、他ならぬあなただけなのだ」どうやらこれが人生の意味に対する結論のようです。

アドラーは「人生とは連続する刹那である」とし、人生は過去、現在、未来という線で結ばれた物語ではないと断言します。そして過去など関係ない、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。今を真剣に生きることこそが最も重要で、そのことで人生は常に完結していると説きます。20歳で終わった生も、90歳で終えた生も、いずれも完結した生であり、幸福なる生である。そしてさらに「人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を真剣に生きないことです。過去を見て、未来を見て、人生全体にうすらぼんやりとした光を当てて、何か見えたつもりになることです。・・・」辛辣な言葉ですが目から鱗です。私は自分なりに人生を真剣に生きてきたつもりですが、哲人が言うように、人生全体にうすらぼんやりとした光を当てて、何か見えたつもりになっていたように思います。今こそ「いま、ここ」を真剣に生き、自分の人生に意味を与える最後のチャンスが来ている。未来など考える必要はありません。「いま、ここ」を精一杯、真剣に生きる。それだけです。


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