社長のひとり言
雨と欠陥住宅 2009年7月11日
雨と欠陥住宅
2009.7月
梅雨の終盤なのでしょうか、西日本は集中豪雨で被害が出ています。毎年このような災害が報道されます。不幸にしてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方たちには、心よりのお見舞いを申し上げる次第です。
皆さんは去年6月のこの講で、私が自身の水に対するこだわりを述べたことをご記憶でしょうか。この時期になりますと、やはり同じ思いが込み上げて来ます。もはや病気の領域に入っているのかもしれません。この時期、誠に不謹慎、不見識極まりないと存じますが、
とにかく水がいっぱいになっていることに異常なまでの関心があります。休日の水曜日には、用もないのにわざわざ、伊川まで川の水かさを見に行きました。思っていたほどの水かさがないことに、がっかりしている自分に嫌悪感を持つのですが、どうしてもこの感情を止められないのです。さすがに妻に対して、うどんの食べ方は言わなくなりました。(詳しくは2008.6月号を参照下さい)これは確実に一つの成長かもしれません。それでも、妻とうどんを食べに行きますとやはり気になります。水が満々と張られている田植え前の田んぼはとても爽快です。それに引き換え、よくニュースに出る高知の早明浦ダムの貯水率は、この大雨にもかかわらず、貯水率40%とネットで調べました。がっかりです。
尊敬する飯田先生は「すべてのことには価値があり、そして意味がある」と言われます。私のこの変な感覚にはどのような意味があり、価値があるのでしょうか。どなたか、教えてください。
私はこの講で商売である住宅のことは、ほとんど書いていません。それは家のことを書けば必ず、当社の売り込みになってしまうからです。しかし、どうしても皆さんに知っておいて欲しいことが出来たので書くことにしました。
先日、当社にリフォーム依頼の電話がありました。営業担当の者と一緒にその一戸建てにお伺いしました。家の前で随分と新しいお家だなと、思いましたが入ってご主人に聞いてみてビックリ、今年の2月に新築されたお家でした。
ご主人は壁や天井の不陸(平らでなく凸凹していること)をおっしゃられていました。たしかにそれは相当ひどいものでした。それも、一度全面的にやり直した後を見てのことです。しかし、私が問題だと思ったのは、少し専門的になりますが、柱の外にサーモプライという4ミリの構造用面材を張って、その内側に発砲ウレタンを吹付けていることでした。これをすれば、たしかに断熱気密性能は上がり、省エネになります。しかしサーモプライという面材は透湿抵抗が非常に高く、水蒸気をなかなか通しません。充填断熱(内断熱)をして、壁内の通気がもしなければ、壁体内結露を起こす可能性が非常に高くなります。壁体内結露が発生すれば、カビや腐朽菌が発生し、やがて材木を腐らせます。家づくりに携わるものは、そのリスクを軽視してはいけません。いちどネットで"壁体内結露"を検索してみてください。とても恐ろしいものです。これに似たような工法のお家を、時々見ることがあります。そのたびに胸が痛みます。内断熱であっても、そのリスクを回避する方法は、いくらでもあります。しかし、コストダウンの美名のもと、このような不誠実な工法を採用している会社が、まだまだたくさんあるということを是非、記憶しておいてください。
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選挙と攻撃性 2009年6月11日
選挙と攻撃性
2009.6月
衆議院選挙が近いせいでしょうか、テレビに政治家が出演して議論しているのをよく見ます。政治家同士がなにかのテーマで議論して頂くのは結構なのですが、二人、ひどい時は3人が同時に、まさに口角泡を飛ばすがごとくの勢いでしゃべりまくっています。それも、怒ったような表情で攻撃的に相手を非難します。自民党の麻生総理と民主党の鳩山代表の1回目の党首討論も、双方の外野の野次がすごかったですね。政治家が自分の信念を主張することは当然のことですが、自分と考え方が違うというだけで、相手の話も聞かず、一方的にしゃべり続け、しかも非常に攻撃的です。ひょっとしてこの人達は、相手の言っていることを理解するだけの能力に少し欠けているのか、または論理的な思考が出来ないので、ひたすら自分の主張をし続けるのか、と思うことがあります。このような映像を子どもたちが見続けたら、子どもたちはどうなるのかと、とても心配です。国民の代表である国会議員には、もう少し紳士でであってほしいと願うのみです。
ある日、妻とテレビを見ていましたら、やはりそういう場面が出てきました。
妻はこのような映像を嫌います。私は妻に一般的な質問として、人はどうして人に対して攻撃的になるのかと、尋ねてみました。以下に妻の回答を書きます。
"攻撃的な人というのは自分に自信のない人、そして自己肯定感が低い人がほとんど。
自己肯定感とは、自分はこれでいいんだ、これが私なんだと、自分のあるがままを受け入れる(肯定する)ことをいいます。自分に自信のない人、自己肯定感の低い人は、とても傷つきやすく、相手のほんのわずかな言葉を自分への攻撃ととらえる。人から意見されたり、反論されると、それは自分への攻撃ととらえ、自分の身を守ろうとして攻撃的に発言し、自己防衛する。また極端な例として、そのようなお客様にアドバイスとして「○○○○したほうが良いですよ」と言うと、自分が否定されたととらえる。結果、攻撃的な反論に遭う。"
私は、なぜ自分に自信をもてず、自己肯定感が低い人間になるのか、と重ねて尋ねました。以下が妻の答えです。
"子供の時に親からの愛情が足りなかった。親からいつも批判ばかりされていた。条件付の愛(○○したら○○してあげる。○○が出来たら○○をあげる)しかもらえなかった。これらが原因のひとつ"この答えは私にはショックでした。私も父からよく批判されていましたから。しかし、父には感謝しております(もちろん母にも)。私立高校、私立大学と学資の心配一つせずに行かせてもらったこと、教育の機会を与えてもらったこと、私が43歳になって会社を立ち上げる時にしてもらった資金援助のこと等、十二分な愛を受けたと信じています。しかし妻は専門家の立場から違うことを言います。いずれにしても人は攻撃的でないほうが絶対良いということは間違いないと確信しています。
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の一節を最後に書いておきます。
『竜馬は議論しない。議論などは、よほど重大な時でないかぎりしてはならぬといいきかせている。もし議論に勝ったとせよ、相手の名誉を奪うだけのことである。通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生き物だし、負けたあと持つのは負けた恨みだけである』私はこの一説が大好きです。
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バリウムと夫婦喧嘩 2009年5月11日
バリウムと夫婦喧嘩
2009.5月
5月8日に毎年の一般健診を受けました。肥満度が若干のプラスというだけで、あとはすべて異常なしでした。(胃透視は受けていません)有難いことです。肝炎の検査もオプションですが数年前から受けています。B型、C型とも陰性でした。問題は胃透視をやっていませんので、胃がんや食道がんが心配なだけですが、特に何の症状もありませんから、多分大丈夫でしょう。バリウムを飲むのさえなければ、何の問題もないのですが、あれを飲むと、あとでいつも苦しい思いをしています。私の場合は下剤を飲んでも、便がカチカチになって、肛門が切れ、血だらけになってしまうのです。そこで下剤を多めに飲むと、今度は下痢が止まらないという症状が出て苦しみます。この度、胃透視を受けた当社の若い社員も一人、体調を崩しています。当日は妻と二人で検診に行きましたが、妻も胃透視は辞退しました。ほかにも、結構、胃透視を受けない人が多いように思えました。これだけ医学が発達しているのですから、もう少しましな造影剤が開発されてもいいのではと考えるのは私だけでしょうか。
5月13日に妻と二人で山代温泉に行ってきました。結婚記念日は5月29日ですので、少し早めの記念旅行です。5月20日に懸案の愛犬アリスを動物病院検診に連れて行きました。今回はオシッコもウンチも漏らしませんでしたので、妻も私もやれやれよかったねというところです。今月もここまでは順調でした。
ところが、5月21日に妻とケンカになりました。何のテレビかは忘れましたが、すごく家族思いの夫が出ていました。妻は「お父さん(私のこと)もこんな人だったら良かったのに------」昔はともかく今の私は、良き父であり、良き夫であると少しは自負しています。話の脈絡は覚えていませんが妻が続けて「お父さんは震災の時に、『お母さん(妻のこと)家にお餅があったやろ。会社に持っていくから少し出して』と言ったわよね。あの時、家には水もほかの食べ物のストックもなかったのよ。よくもあんなことが言えたものよね。近所のお父さんたちは家族のために、水と食べ物を求めて走り回っていたのに------」確かに震災の時に私はそう言いました。そしてそのお餅も妻の実家からのもので、義父母が丹精込めた手作りのお餅で、娘たちの大好物でした。今考えれば、たしかに私の言葉は配慮(家族への愛情)に欠けていたと思います。いい訳ですが、その時、私はある小さな建設会社の神戸支店長という立場で、部下が6人ほどいました。その内3人が食べ物は一切ないとのことでした。そこで先ほどの言葉を発したわけです。我が家で妻とのケンカというのは、ほとんどが私の妻への言葉が原因のようです。それも、なぜか何年、いや何十年も前の会話を、まるで昨日のことのように思い出し、妻が不機嫌になるのです。ケンカといっても、私は決して言い返したり、怒鳴ったりはしません。ひたすら押し黙ってしまうのです。妻はそれに対しても不満です。「言いたいことがあったら言いなさいよ。男らしくないわね」と言いますが、言い合いをしても妻に勝てるわけはないし、男は言いたい事を言わないのが男ではないのか、との古典的価値観も若干あります。妻は最近アスペルガーのことをよく研究しています。その対象はどうやら私のようです。アスペルガーの人は決して相手を傷つけようという気持ちはないのに、相手を傷つける言葉をよく発するとのこと。私は決して自分がそんな人間ではないと思っていますが、妻が私を研究対象にしているのは間違いなさそうです。
もうまもなく、結婚記念日がやってきます。サプライズなプレゼントをして、仲直りするつもりです。妻もきっと期待しているはずですから。
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愛犬アリス 2009年4月11日
愛犬アリス
2009年4月
新緑のこの季節になると、毎年少しだけ憂鬱になります。アリスの予防接種のことです。我家の愛犬アリスも13歳になりました。柴犬の雑種ですが、容貌もかなり老けてきたような気がします。ネットで調べて見ますと柴犬の平均寿命は15歳と書かれていました。メスですから人間でいうと74歳くらいのおばあさん犬になるのでしょうか。
獣医さんにつれていく時も、何かを感じるのでしょう、なかなか車に乗ろうとしません。なだめすかして、やっとの思いで車に乗せます。獣医さんの所に着いても、中に入ろうとしません。必死になって抵抗します。無理やり中の待合に入れるのですが、とにかく外に出ようと引っ張ります。私の気分は最悪です。次に起こることがわかっていますから。女性スタッフに「アリスちゃーん!」と呼ばれます。犬のアリスも私も超最悪の状態です。診察室に引っ張り込み、15キロあるアリスを首輪で吊って診察台に乗せます。と同時に押さえ込みます。アリスも必死の形相で逃げようと暴れます。そして恐怖のあまり、おしっこを漏らします。ひどい時はウンチも-----------------------
今年はまだ連れて行っていません。私も家内も、いやなことは先送りするタイプなのです。妻「おとうさん!今年はおとうさん一人でアリスを連れて行ってね」
私「車で先生のとこまで乗せていくから、後はかあさんがやってね」と二人ともなすりあいます。そして最後はなぜ犬を飼うことになったのかとか、面倒を見るといっていた娘たちは何にもしないじゃないか、とか具にもつかない後ろ向きの話になっていきます。
少し冷静になって考えてみれば、かわいそうなのはアリスかもしれません。子犬の時だけ、かわいい、かわいいと、かわいがってもらって、大きくなったら散歩と予防接種があるからといって、疎まれるなんて。アリスがいたお陰で空き巣や強盗に入られなかったかもしれず、また、散歩をしているからこそメタボだけれど、まだ70キロ台でとどまれているのかもしれません。飯田先生も言われています「すべてのことに意味があり、そして価値がある」と。
先週、アリスを連れて伊川のほとり散歩していました。誰もいないので首輪のリードを外してやりました。すると、13歳の老犬になっているにもかかわらず、またまた川の中に入っていきます。6,7年前、増水した伊川に飛び込んで溺れ死にそうになったことは、もう忘れたみたいです。アリスを助けようとして川に飛び込み、私も溺れそうになったので、その時のことははっきりと覚えています。一瞬ですが、このまま死ぬのかなと思いました。運良く犬も私も助かりましたが、ずぶ濡れの人間と犬が家に帰るべく、とぼとぼと夏の昼下がりの道を歩いていたので、すれ違う人達から好奇の目で見られることになりました。ポケットの携帯電話はもちろんダメになりましたが、命が助かったのですから安いものです。
我家に来てから13年、娘たちと私ども夫婦の成長と苦楽をともにしてきた愛犬アリス、少しでも長生きしてもらうよう、今年の予防接種は感謝の気持ちで連れて行くことにします。
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生きがい論 2009年3月11日
生きがい論
2009年3月
この講の去年の9月号で、私のおすすめ本「生きがいの創造」の著者として紹介しました飯田史彦先生の著書を、あれから8冊読み、今9冊目を読んでいるところです。
私はどちらかというと、ひとつのことにのめりこんでいくタイプです。今頃はそうでもありませんが若い頃は(誰もがそうであると思います)気に入った歌手、グループの歌はすべてを聴いて、すべてをレコードやテープで持とうとしたものです。読書に関してもそれが顕著です。一人の作家の本に出会い、気に入ってしまうと、その作家の本は全部読んでしまいたいという衝動にかられます。そして、それを実行してしまうのです。その結果、読書量の多い割には、範囲が狭く妻と小説や作家の話をしていて、かみ合わないこともよくあります。妻は「お父さん(私のことです)、同じ人の本ばっかり読むのもいいけど、たまには違う人のも読んだら」とおせっかいにもよく言われていました。妻もよく読書します。(妻は私の3倍位読みますが)その範囲はとても広く、歴史、物理、化学以外のほとんどの分野にわたっています。私とは、好みの作家も、興味ある本もほとんど共通していませんでした。その妻が、私が読み始めた飯田先生の大ファンになってしまいました。
飯田先生は、退行催眠という手法を使っての過去生の調査記録、臨死体験、小さな子どもたちの前世の話などなど、科学的研究の成果に基づき、「人は生まれ変わる」という結論を導き出し、それをもとに人としての生き方をいろいろと提言されています。私は今、すっかり、はまっています。それに、妻と結婚後はじめて大きな価値観を共有することが出来たことも、喜びとなっています。本講では著書「生きがいの本質」よりの一節だけをご紹介します。
"-----「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界が持つ最高の価値なのではないでしょうか。そして私達は、「思い通りにならない」という「価値ある現実」から出発して、「思い通りにならない人生」をいかに正しく苦悩しながら生き、ふだんは思い通りにならないからこそ時おり出会うことができる「願いがかなうという喜び」を、いかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。" よく似たことをあの松下幸之助さんも言っておられます。
"-------成功とは、恵まれない地位にあっても、貧乏な境遇にあっても、人に誹謗されても、心からほんとうに逆境を楽しみ、笑いうることをいうのではないだろうか------"
またこうも言っておられます"-----だから悩みというものがある人は、生きがいがあるわけです。悩む生きがいがある。なにもかも都合よくいって、いいことずくめだったら、生きがいがなくなってしまう。"
私は、今こう思っています。悩むことなど何もない。あるのは自らが課した解決すべき膨大な課題と、与えられた使命を全うすることであると。
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