社長のひとり言 

旅日記 斎 2008年8月11日

旅日記 斎

2008.8月

 お盆休みに久々に妻の実家に行ってきました。妻は毎夏里帰りしていますが私が行ったのは15年ぶりくらいかと思います。住所は呉市となっていますが何しろ交通不便で、瀬戸内海のほぼ真ん中にある周囲4km、人口18人の島です。もちろんもコンビニも診療所も橋も車もありません。電気も妻が中学の時に送電されたそうで、それまではランプで生活していたと聞いています。都会で暮らす人間にはまさに絶海の孤島といった感がしないでもありません。西区の我が家を午前5時半に出発して新幹線とバスと船を乗り継いで、島に着いたのは午後3時でした。
 浮き桟橋の船着場に着くと、義父母が迎えに来てくれていました。83歳の義父はほぼ毎年我が家にやって来ますが、78歳の義母とは3年ぶりの再会です。義母は長年のミカン農家の主としての労働が災いしてか4~5年前から脚を悪くされ手押し車を使っています。さらにこの1年前ほどより味覚障害も患われ体重がなんと37キロまで落ちているとのことでした。私は両親とも亡くなっていますので島の義父母のことがとても気懸りです。この秋には義父母と高野山と龍神温泉に行く計画をしておりますが、義母の体調が心配で不敬な言い方ですがお見舞いを兼ねての旅行を妻に申し出た次第です。幸いにも心配していたほどの衰えはなく、車椅子を用意すればなんとか旅行は出来そうなかなという感じです。まずは一安心です。
 それにしても15年ぶりの島はますます過疎が進んでしまったと思わざるを得ませんでした。初めてこの島を訪れたのは結婚前の30歳(26年前)のときでした。やはり、お盆休みに訪れたのですがまだ小学校があり、わずかですが生徒も3人ほどいたように記憶しています。また盆踊りの夜には帰省した人々などで人が増え、海沿いの太鼓を載せたやぐらのまわりには40~50人の人々が踊っていたことを想い出します。26年という年月は都会は都会でいろんな形に大きく変化しましたが、いなかは過疎に拍車がかかるという現象で、やがて人情あふれるこの美しい島もいつの日か無人島になるのでと危惧しています。
ところが、それとは反対にこの過疎の島に憧れて外から移住してくる家族もあります。Hさん夫婦(50歳代)は東京に住んでいたそうですが、7年ほど前に、縁もゆかりもないこの島に移住し現在も生活しておられます。取材に来られた地元のテレビにも2、3度出たことがあります。私もそのビデオを見ております。テレビの中のHさんはいつもギターを片手に島の人々に歌を聴かせていました。妻と夕方、散歩していますと家の中からギターのつまびきが聞こえます。「お母さん、(妻のこと)あの家がHさんの家?」妻「そうよ------」もの悲しげなギターの響きは夕暮れのセミの声と相まって、この島が向かっていく未来をやさしく暗示しているようにも聴こえました。



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旅日記 山口県 2008年7月11日

旅日記 山口県

2008.7月

 この講にたびたび出てくる私の大学時代の友人3人とまたまた旅行に行ってきました。今回のメンバーには岡山のH君が参加しておりません。H君(運送業)は2年前に大腸を全部摘出したためにこの猛暑の中、水分補給がうまくいかないとのこと、皆に迷惑を掛けるかもしれんと言って欠席しました。今月も熱中症で2度入院したそうです。気の毒というほかに言い様がありません。それとともに彼には悪いですが自分が健康であることの有難さを痛感しました。
 大阪のU君(公認会計士)は以前にもまして歩くのが不自由になってきていました。知り合った頃(私が18歳の時)はまだ杖もついていませんでした。7~8年位前から杖を一本つくようになっていましたが、今回は2本の杖を使っていました。でも暗さの欠けらもありません。いつも明るく冗談を言います。愚痴も言いません。本当に偉い男です。頭が下がります。
 小倉のK君は大手電機メーカーの福岡の子会社で役員をしていますが、前回(2年位前)会った時よりも少しやせて健康そうに見えました。毎朝4時に起きて会社には6時に出社するそうです。酒が強く酔ったところを見たことがありません。本当に偉い男です。頭が下がります。
 奈良のO君は今年の3月に長年勤めていた証券取引所を早期退職しました。退職金の割り増しが出るということで思い切ったとのことです。今は投資家として悠々自適の生活を送っています。4月に道頓堀のカニ屋でU君と私とでO君の退職記念の宴会を催しました。その時彼が「俺もよう辛抱したもんや。自分で自分をほめてやりたいわ」とどこかで聴いたようなことを言っていましたが、今回もまた同じことを言っていました。人は年を取るごとに同じことを何度でも繰り返し言うそうですが、まさにその通りでした。
 湯田温泉というところは山口市の街中にあって決して風光明媚な所ではありません。そこでお決まりのコースらしいですが秋吉台と萩に行ってきました。
萩の町にいったのは生まれて初めてでした。有名な吉田松陰の松下村塾や武家屋敷で見た高杉晋作誕生の地、木戸孝允の住まいは、大好きな司馬遼太郎の歴史小説を読んで想像していたものとよく似ていたので少しうれしくなりました。きっと、テレビや映画に出てきた場面が記憶に残っていたのでしょう。
それにしても維新の立役者達の20歳代、30歳代での活躍と若死には、56歳の私にはなにやら恥ずかしい気分にさせられるものがあります。吉田松陰は29歳で斬刑、高杉晋作は28歳で病死、坂本竜馬は31歳で暗殺され、木戸孝允も45歳で病死、西郷隆盛49歳で戦死、大久保利通47歳で暗殺、いずれも現在の私の歳よりもはるかに若くして亡くなっています。もうまもなくお盆が来ます。お国の為に命を捧げ散っていった彼ら幕末の志士たちを今一度、想い起こすいい機会であったかと思います。そして、この私が56歳にして命永らえ幸せであると満足していることに、これでいいのかなと顧みる一日でもありました。



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雨降り、銀婚式 2008年6月11日

雨降り、銀婚式

2008.6月

梅雨の真っ只中ですが、どうゆうわけか子どもの頃から雨降りが好きでした。
休日に家で雨降りの音を聞くとすごく心が落ち着くのです。庭に降る雨は草花に生気を与え、屋根や外壁、サッシ、そして道路をぬらす雨は、ホコリや汚いものを洗い流してくれます。シトシト降るよりも、ザアザア降るのが好きです。
小さな庭ですが水溜りが出来るのが好きです。家の前の側溝に水が流れていくさまを見るのも好きです。伊川谷に住んでいますので大雨が降ると、増水した伊川の様子を見に行くのが好きです。田植えの直前でしょうか、田んぼにいっぱい水が張られて、まるで池のようになっているのを見るのも好きです。どうも私は水が満々とあふれんばかりにたたえられているのが好きなようです。
 困ったことが一つあります。私はきしめん以外の麺類(うどん、そば、そうめん、ラーメン)が大好きですが、鉢におつゆが満々としていなければ、おいしく食べられないのです。"さと"のざるそばのおつゆは底から2センチ位しか入れてくれていません。そのてん、"文楽"の皿そばはべつに徳利のような入れ物にあまるほど入れてくれています。ですから私は文楽の皿そばが好物です。"さと"に行った時は「おつゆを多めに入れてください」と注文をつけます。
妻と食事に行くと、妻はうどんが好きですから、だいたいうどんを注文します。
その妻のうどんの食べ方は、先におつゆをどんどん飲んで、あとから麺を食べます。おつゆを先に飲むので、麺の上のほうはおつゆがかかっていません。私は水が満々としているのが好きなので、麺類もそうでないと気になるのです。私はその食べ方を見て妻に「お母さん、うどんは麺を先に食べて、おつゆは後から飲むもんや」といつも言ってしまいます。先日も"さと"で同じように言いました。すると妻は「お父さん、もういい加減にしてよ!何十年おなじこと言えば気がすむの!自分のやり方を押し付けないでよ!どんなふうに食べようと私の勝手でしょ!」とプッツンしてしまいました。言われてみて初めて気付きました。まったくその通りだと。妻には悪いことをし続けてきたと反省し、その場であやまりました。やっぱり、私はアスペルガーなんでしょうか。

 5月29日は私たち夫婦の結婚記念日です。毎年その日が過ぎてから思い出していました。でも今年は25年目、いわゆる銀婚式です。最近の私は反省また反省の日々です。近場ですが湯村温泉に妻を誘って一泊二日の旅行に行ってきました。結婚依頼初めてのことです。妻は終始ご機嫌で、どうやらうどんのおつゆの件は許してもらったように思います。



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アスペルガー 2008年5月11日

アスペルガー

2008.5月

私の妻が臨床心理士であることはこの講でたびたび述べてきました。娘達が二人とも家を出てから、私への関心が良きにつけ悪しきにつけ以前より強くなってきているように思えます。(妻はうぬぼれるなと言うでしょう)その妻が私のことを軽度のアスペルガー(注)だというのです。その理由として私が最近(ここ1年)妻によくこういうことを言うそうですし、私も気になっています。二つあります。
1. コンビニ(お店)に買い物に行こうと店に入った時、レジには誰一人並んでいないのにお父さん(私自身のことで妻との会話でそう言います)が買い物を決めてそれをレジに持っていこうとすると、必ず複数のお客さんが並んでいる。
2. 2車線の道路を車で走っている時に、道に駐車している車があると交通量が少ないにもかかわらず、反対から来た車とその駐車している車のところで3台が重なることが結構多い。
このことを言葉としてよく言うようです。妻いわく、「そのことはもう100回位聴いたわ。お父さんは軽いアスペルガーね。」私「なんや、アスペルガーて?」
妻「ひとつことにすごくこだわったり、言葉を言葉どおりにしか受け止めることが出来ない人なんかがそうよ。」
私「どういうことなんや」
妻「例えば電話で『お母さんはいますか?』と聴かれて『母はいます』と答え
 受話器を持ったまま黙っているの。普通は『はい、おります。母に代わります。しばらくお待ち下さい』と応えるべきなんだけど、『お母さんはいますか?』と質問されたので、言葉どおりに解釈して『います』とだけ応えて、じっと次の言葉を待っているような人なの。」
私「ふーん、他には」
妻「妻が夫に夜『お風呂見てきて』と言う。夫はしばらくして『見て来たよ』と返す。妻が『お水いっぱいになってた?』あるいは『お湯沸いてた?』
  と聴く、すると夫『知らない、見て来ただけだから』と応えるの」
私「そしたら、トモちゃんもアスペルガーなんか?」
妻「なんで?」
私「トモちゃんが、小学校のとき体育の時間に先生から『脇長(私の次女の苗字)、手をふって!』(前後左右の適度な間隔を取るため両手を横に振る意味)と指示されたら、トモちゃんは先生にニッコリ笑って手を振ったそうやないか」
妻「それは勘違いと言うものよ!」
私「娘は勘違いで、お父さんはアスペルガーか、まあ何でもええわ」
妻「お父さん、心配しなくてもいいのよ。アスペルガーには有名人が多いのよ
例えばビル・ゲイツ(マイクロソフト社の創業者にして会長、世界一の金持)
エジソン、アインシュタインなんかがそうだといわれてるの。大学教授なんか
は特に多いそうよ。だからお父さんも頑張ってね」

ところで上述の1,2ですが、同じように感じる方はいらっしゃいますでしょ
うか。確かに言われてみればどうでもいいようなことだと思います。でもなぜ
か気になるのです。血液型はO型で大体は大雑把なのですが、昔から手紙に張
る切手が少しでも曲がっていたり、所定の位置からずれてたりすると気になっ
てしょうがありません。このことを友達に言うと、「脇長、それを言う前に字を
まともに書くほうが先とちゃうか」と言われます。確かにカナクギ流という言
葉は私のためにあるのではと実感しています。切手はまっすぐに貼ってあって
も宛名は中央から必ずどちらかにずれていますし字の大きさはバラバラです。
(遺伝とは恐ろしいもので、このカナクギ流を次女が受け継いでいます)
やっぱり私はアスペルガーなのでしょう。でも妻が言ったようにひとつのこと
にこだわることが実は仕事においては良い結果として導かれているのかもしれ
ません。今私は家づくりを主な仕事にしていますから、本来真っすぐであるべ
きものは真っすぐであり、決められた位置にあるべきものは、必ずあるべき位
置になければ気が済みません。これはまったくと言って家づくりに向いている
性格と断じていいかも知れませんね。私の建てる家は決してカナクギ流ではあ
りません。念のため申し添えます。ご安心下さい。

 

 

(注)アスペルガー症候群は発達障害の一種であり、一般的には「知的障害がない自閉症」とされている。中略------対人関係の障害や、他者の気持ちの推進力、すなわち心の理論の障害が特徴とされる。特定の分野への強いこだわりを示したり、運動機能の軽度な障害も見られたりする。しかし、低機能自閉症に見られるような言語障害、知的障害は比較的少ない。
   (出典:フリー百科事典『ウィキペディア』より)



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時間を守る 2008年3月11日

時間を守る

2008.3月

200万部以上売れているということで、坂東眞理子著「女性の品格」という本を読みました。66ある項目の中に"時間を守る"という項がありこう書かれています。「---------時間厳守は最高のマナーです。約束の時間より前に着くと、相手を大事に思っているということを言葉に出さなくても表現できます。--------
松下幸之助さんのように仕事で成功された方でも、約束の時間の5分前どころか10分前、20分前に着くよう心がけておられたといいます。----------時間を守る人ほど信用され成功しているのも古今の鉄則です。--------」  時間を守ることの大切さは人は誰でも知っています。ところが現実にはそれが出来ない人が結構います。私の周りにもわずかですがおられます。どういうわけか、その人たちは世間一般でいう幸せとは少し縁遠いように思えてなりません。世間一般の幸せが絶対正しいなどという不遜な考えは毛頭持ってはいませんが、少なくともその人たちが毎日楽しく人生を送っているとはどうひいき目に見ても、そうは思えません。家族がいない、心から信頼できる友がいない、困ったとき相談に乗ってくれる人もいない、一生懸命に取り組むべき仕事もない、お金もない、家族で住むためのまともな住まいもない、そんな人生が楽しいわけがありません。偶然なのでしょうか、私の知っている限りそういう人生を送っている人はなぜか時間を守らないのです。約束の時間に必ず遅れるのです。ひどいときは平気ですっぽかします。この本のこの一節を読んで、なぜそうなるかなんとなく分かったような気がします。この著者が述べておられるように"相手を大事に思っている"の反対ではないかということも考えられると思います。時間を守らない人=相手のことを大事に思わない人、と断ずるつもりはありません。しかし、そのことを、その人を大切に思わないとき人は往々にして、時間に遅れるものです。実は私も昔そういうところがあったのです。そして、相手にとても不愉快な思いをさせてしまったことがありました。今は心から反省しています。今振り返ってみても、約束の時間に遅れたのは正直言って、相手のことをそんなに大事に思っていなかったのだと思います。別の言い方をすれば相手のことより自分のほうを大事に思っていたのでしょう。本当に恥ずかしい限りです。
私も今の56歳という年齢から考えますと、もっともっと成長していなければなりませんが、約束の時間に遅れることがなくなった以外はさほど成長したように思えません。その証拠に一番私をよく知っている妻は私に「お父さん、人格者ぶってもダメよ。見る人が見たらすぐばれるから。」と手厳しく言います。
別に人格者ぶっているつもりはありませんが、妻にはそう見えるらしいです。
きっとそうなんでしょう。今年も3ヶ月が経とうとしています。今年はまだ約束の時間に遅れたことは一度もありません。今年一年も時間には絶対遅れないことを改めて誓います。



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