社長のひとり言 

選挙と攻撃性 2009年6月11日

選挙と攻撃性

2009.6月

 衆議院選挙が近いせいでしょうか、テレビに政治家が出演して議論しているのをよく見ます。政治家同士がなにかのテーマで議論して頂くのは結構なのですが、二人、ひどい時は3人が同時に、まさに口角泡を飛ばすがごとくの勢いでしゃべりまくっています。それも、怒ったような表情で攻撃的に相手を非難します。自民党の麻生総理と民主党の鳩山代表の1回目の党首討論も、双方の外野の野次がすごかったですね。政治家が自分の信念を主張することは当然のことですが、自分と考え方が違うというだけで、相手の話も聞かず、一方的にしゃべり続け、しかも非常に攻撃的です。ひょっとしてこの人達は、相手の言っていることを理解するだけの能力に少し欠けているのか、または論理的な思考が出来ないので、ひたすら自分の主張をし続けるのか、と思うことがあります。このような映像を子どもたちが見続けたら、子どもたちはどうなるのかと、とても心配です。国民の代表である国会議員には、もう少し紳士でであってほしいと願うのみです。
 ある日、妻とテレビを見ていましたら、やはりそういう場面が出てきました。
妻はこのような映像を嫌います。私は妻に一般的な質問として、人はどうして人に対して攻撃的になるのかと、尋ねてみました。以下に妻の回答を書きます。
"攻撃的な人というのは自分に自信のない人、そして自己肯定感が低い人がほとんど。
自己肯定感とは、自分はこれでいいんだ、これが私なんだと、自分のあるがままを受け入れる(肯定する)ことをいいます。自分に自信のない人、自己肯定感の低い人は、とても傷つきやすく、相手のほんのわずかな言葉を自分への攻撃ととらえる。人から意見されたり、反論されると、それは自分への攻撃ととらえ、自分の身を守ろうとして攻撃的に発言し、自己防衛する。また極端な例として、そのようなお客様にアドバイスとして「○○○○したほうが良いですよ」と言うと、自分が否定されたととらえる。結果、攻撃的な反論に遭う。"
私は、なぜ自分に自信をもてず、自己肯定感が低い人間になるのか、と重ねて尋ねました。以下が妻の答えです。
"子供の時に親からの愛情が足りなかった。親からいつも批判ばかりされていた。条件付の愛(○○したら○○してあげる。○○が出来たら○○をあげる)しかもらえなかった。これらが原因のひとつ"この答えは私にはショックでした。私も父からよく批判されていましたから。しかし、父には感謝しております(もちろん母にも)。私立高校、私立大学と学資の心配一つせずに行かせてもらったこと、教育の機会を与えてもらったこと、私が43歳になって会社を立ち上げる時にしてもらった資金援助のこと等、十二分な愛を受けたと信じています。しかし妻は専門家の立場から違うことを言います。いずれにしても人は攻撃的でないほうが絶対良いということは間違いないと確信しています。
 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の一節を最後に書いておきます。
『竜馬は議論しない。議論などは、よほど重大な時でないかぎりしてはならぬといいきかせている。もし議論に勝ったとせよ、相手の名誉を奪うだけのことである。通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生き物だし、負けたあと持つのは負けた恨みだけである』私はこの一説が大好きです。



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バリウムと夫婦喧嘩 2009年5月11日

バリウムと夫婦喧嘩

2009.5月

5月8日に毎年の一般健診を受けました。肥満度が若干のプラスというだけで、あとはすべて異常なしでした。(胃透視は受けていません)有難いことです。肝炎の検査もオプションですが数年前から受けています。B型、C型とも陰性でした。問題は胃透視をやっていませんので、胃がんや食道がんが心配なだけですが、特に何の症状もありませんから、多分大丈夫でしょう。バリウムを飲むのさえなければ、何の問題もないのですが、あれを飲むと、あとでいつも苦しい思いをしています。私の場合は下剤を飲んでも、便がカチカチになって、肛門が切れ、血だらけになってしまうのです。そこで下剤を多めに飲むと、今度は下痢が止まらないという症状が出て苦しみます。この度、胃透視を受けた当社の若い社員も一人、体調を崩しています。当日は妻と二人で検診に行きましたが、妻も胃透視は辞退しました。ほかにも、結構、胃透視を受けない人が多いように思えました。これだけ医学が発達しているのですから、もう少しましな造影剤が開発されてもいいのではと考えるのは私だけでしょうか。

 5月13日に妻と二人で山代温泉に行ってきました。結婚記念日は5月29日ですので、少し早めの記念旅行です。5月20日に懸案の愛犬アリスを動物病院検診に連れて行きました。今回はオシッコもウンチも漏らしませんでしたので、妻も私もやれやれよかったねというところです。今月もここまでは順調でした。
ところが、5月21日に妻とケンカになりました。何のテレビかは忘れましたが、すごく家族思いの夫が出ていました。妻は「お父さん(私のこと)もこんな人だったら良かったのに------」昔はともかく今の私は、良き父であり、良き夫であると少しは自負しています。話の脈絡は覚えていませんが妻が続けて「お父さんは震災の時に、『お母さん(妻のこと)家にお餅があったやろ。会社に持っていくから少し出して』と言ったわよね。あの時、家には水もほかの食べ物のストックもなかったのよ。よくもあんなことが言えたものよね。近所のお父さんたちは家族のために、水と食べ物を求めて走り回っていたのに------」確かに震災の時に私はそう言いました。そしてそのお餅も妻の実家からのもので、義父母が丹精込めた手作りのお餅で、娘たちの大好物でした。今考えれば、たしかに私の言葉は配慮(家族への愛情)に欠けていたと思います。いい訳ですが、その時、私はある小さな建設会社の神戸支店長という立場で、部下が6人ほどいました。その内3人が食べ物は一切ないとのことでした。そこで先ほどの言葉を発したわけです。我が家で妻とのケンカというのは、ほとんどが私の妻への言葉が原因のようです。それも、なぜか何年、いや何十年も前の会話を、まるで昨日のことのように思い出し、妻が不機嫌になるのです。ケンカといっても、私は決して言い返したり、怒鳴ったりはしません。ひたすら押し黙ってしまうのです。妻はそれに対しても不満です。「言いたいことがあったら言いなさいよ。男らしくないわね」と言いますが、言い合いをしても妻に勝てるわけはないし、男は言いたい事を言わないのが男ではないのか、との古典的価値観も若干あります。妻は最近アスペルガーのことをよく研究しています。その対象はどうやら私のようです。アスペルガーの人は決して相手を傷つけようという気持ちはないのに、相手を傷つける言葉をよく発するとのこと。私は決して自分がそんな人間ではないと思っていますが、妻が私を研究対象にしているのは間違いなさそうです。  
もうまもなく、結婚記念日がやってきます。サプライズなプレゼントをして、仲直りするつもりです。妻もきっと期待しているはずですから。



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愛犬アリス 2009年4月11日

愛犬アリス

 

2009年4月

 新緑のこの季節になると、毎年少しだけ憂鬱になります。アリスの予防接種のことです。我家の愛犬アリスも13歳になりました。柴犬の雑種ですが、容貌もかなり老けてきたような気がします。ネットで調べて見ますと柴犬の平均寿命は15歳と書かれていました。メスですから人間でいうと74歳くらいのおばあさん犬になるのでしょうか。
獣医さんにつれていく時も、何かを感じるのでしょう、なかなか車に乗ろうとしません。なだめすかして、やっとの思いで車に乗せます。獣医さんの所に着いても、中に入ろうとしません。必死になって抵抗します。無理やり中の待合に入れるのですが、とにかく外に出ようと引っ張ります。私の気分は最悪です。次に起こることがわかっていますから。女性スタッフに「アリスちゃーん!」と呼ばれます。犬のアリスも私も超最悪の状態です。診察室に引っ張り込み、15キロあるアリスを首輪で吊って診察台に乗せます。と同時に押さえ込みます。アリスも必死の形相で逃げようと暴れます。そして恐怖のあまり、おしっこを漏らします。ひどい時はウンチも-----------------------
今年はまだ連れて行っていません。私も家内も、いやなことは先送りするタイプなのです。妻「おとうさん!今年はおとうさん一人でアリスを連れて行ってね」
私「車で先生のとこまで乗せていくから、後はかあさんがやってね」と二人ともなすりあいます。そして最後はなぜ犬を飼うことになったのかとか、面倒を見るといっていた娘たちは何にもしないじゃないか、とか具にもつかない後ろ向きの話になっていきます。
少し冷静になって考えてみれば、かわいそうなのはアリスかもしれません。子犬の時だけ、かわいい、かわいいと、かわいがってもらって、大きくなったら散歩と予防接種があるからといって、疎まれるなんて。アリスがいたお陰で空き巣や強盗に入られなかったかもしれず、また、散歩をしているからこそメタボだけれど、まだ70キロ台でとどまれているのかもしれません。飯田先生も言われています「すべてのことに意味があり、そして価値がある」と。
先週、アリスを連れて伊川のほとり散歩していました。誰もいないので首輪のリードを外してやりました。すると、13歳の老犬になっているにもかかわらず、またまた川の中に入っていきます。6,7年前、増水した伊川に飛び込んで溺れ死にそうになったことは、もう忘れたみたいです。アリスを助けようとして川に飛び込み、私も溺れそうになったので、その時のことははっきりと覚えています。一瞬ですが、このまま死ぬのかなと思いました。運良く犬も私も助かりましたが、ずぶ濡れの人間と犬が家に帰るべく、とぼとぼと夏の昼下がりの道を歩いていたので、すれ違う人達から好奇の目で見られることになりました。ポケットの携帯電話はもちろんダメになりましたが、命が助かったのですから安いものです。
我家に来てから13年、娘たちと私ども夫婦の成長と苦楽をともにしてきた愛犬アリス、少しでも長生きしてもらうよう、今年の予防接種は感謝の気持ちで連れて行くことにします。



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生きがい論 2009年3月11日

生きがい論

2009年3月

 この講の去年の9月号で、私のおすすめ本「生きがいの創造」の著者として紹介しました飯田史彦先生の著書を、あれから8冊読み、今9冊目を読んでいるところです。
私はどちらかというと、ひとつのことにのめりこんでいくタイプです。今頃はそうでもありませんが若い頃は(誰もがそうであると思います)気に入った歌手、グループの歌はすべてを聴いて、すべてをレコードやテープで持とうとしたものです。読書に関してもそれが顕著です。一人の作家の本に出会い、気に入ってしまうと、その作家の本は全部読んでしまいたいという衝動にかられます。そして、それを実行してしまうのです。その結果、読書量の多い割には、範囲が狭く妻と小説や作家の話をしていて、かみ合わないこともよくあります。妻は「お父さん(私のことです)、同じ人の本ばっかり読むのもいいけど、たまには違う人のも読んだら」とおせっかいにもよく言われていました。妻もよく読書します。(妻は私の3倍位読みますが)その範囲はとても広く、歴史、物理、化学以外のほとんどの分野にわたっています。私とは、好みの作家も、興味ある本もほとんど共通していませんでした。その妻が、私が読み始めた飯田先生の大ファンになってしまいました。
 飯田先生は、退行催眠という手法を使っての過去生の調査記録、臨死体験、小さな子どもたちの前世の話などなど、科学的研究の成果に基づき、「人は生まれ変わる」という結論を導き出し、それをもとに人としての生き方をいろいろと提言されています。私は今、すっかり、はまっています。それに、妻と結婚後はじめて大きな価値観を共有することが出来たことも、喜びとなっています。本講では著書「生きがいの本質」よりの一節だけをご紹介します。
 "-----「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界が持つ最高の価値なのではないでしょうか。そして私達は、「思い通りにならない」という「価値ある現実」から出発して、「思い通りにならない人生」をいかに正しく苦悩しながら生き、ふだんは思い通りにならないからこそ時おり出会うことができる「願いがかなうという喜び」を、いかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。"    よく似たことをあの松下幸之助さんも言っておられます。
"-------成功とは、恵まれない地位にあっても、貧乏な境遇にあっても、人に誹謗されても、心からほんとうに逆境を楽しみ、笑いうることをいうのではないだろうか------"
またこうも言っておられます"-----だから悩みというものがある人は、生きがいがあるわけです。悩む生きがいがある。なにもかも都合よくいって、いいことずくめだったら、生きがいがなくなってしまう。"  
 私は、今こう思っています。悩むことなど何もない。あるのは自らが課した解決すべき膨大な課題と、与えられた使命を全うすることであると。



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九州旅行 2009年2月11日

九州旅行

2009.2月

 この講で度々温泉に行ったことを書きますが、またまた温泉に行ってきました。それも九州は佐賀県の武雄温泉というところです。きっかけは、私が所属しています兵庫県中小企業家同友会(以下、同友会という)の中小企業問題全国研究集会(以下、全研という)が今年は熊本で開催されるので、妻と一緒に
旅行を兼ねて行こうということになりました。
3年前に開催された新潟の全研にも妻と一緒に行きました。もちろん勉強会に参加するのは私だけで、妻は温泉と観光ということです。全研というのは、生の経営者が実体験から学んだことを、報告されます。それも全国規模の大会に、報告者として話される経営者は、中小企業といえども並みの経営者ではありません。人間的にスケールが大きいといいましょうか、器がでかいといいましょうか、とにかくすごい人達です。新潟全研で学んだことは、私を大きく成長させてくれました。その時の報告者は福岡のいわゆる足場屋さん(建設現場の)の社長でした。脱サラして、会社を興し、数年で軌道に乗り天狗になり、数年で倒産寸前になり、借金に借金を重ね、もうどうしようもないところまで追い詰められ、そのどん底から立ち直っていき、やがて自分の使命は社員とともに学び、社員をどこに出しても恥ずかしくない人間に育て上げることだ気づき、それを実践しているという報告でした。お話を聞いている間,何度も目頭が熱くなり、心の底から自分が経営者の道を選ぶことが出来たことに感謝しました。
 そんな新潟での学びもありましたので、熊本全研に参加することにしたのです。最近の私は、飯田先生の影響もありまして、やたらと成長志向と、家族への奉仕の気持ちが強くなってきています。この二つを同時に解決するため、妻を連れての全研参加ということになったのです。
 当日、8時過ぎの新幹線で西明石を出発し、12時半頃には武雄温泉に着いていました。レンタカーを借りて、妻の大好きな陶器(焼物)を買うべく、有田、伊万里、唐津の三箇所を目指して出発しました。私にとって興味ある陶器とは、ずばり徳利とお猪口だけです。何年も前に岡山で買った、備前焼の徳利とお猪口は、ずっと愛用しています。妻は日本酒を飲みません。お茶が好きです。お湯のみ、お茶碗、お皿、一輪挿し、コーヒーカップと、徳利とお猪口以外の陶器はすべて興味の対象です。いい物を探して初めての佐賀を妻と二人でドライブです。最近のレンタカーはほとんどカーナビ付ですから、初めての土地だからといって、そんなに困ることはありません。
 有田に着いた時は小雨でした。宮内省御用達の看板が店内にある大きなお店と、少し郊外の有田陶磁の里プラザといって、卸団地のよう感じの所でお店が20数軒も軒を連ねたところに行きました。私には陶磁器を見る目は皆無ですから値札ばかり見て、えっ!これが2万円の徳利、なんでこのお猪口が一つで5千円もするんや!と、ただただ驚くばかりでした。結局、妻も私も有田では何一つ買いませんでした。高すぎたのと、特に気に入った物もなかったので、それと、次の伊万里焼に期待しようというところもありました。
 伊万里の大河内山というところに行きました。なんでもそこは江戸時代、鍋島藩がその技法を盗まれないようにと人里はなれた、ここ大川内山に藩窯の多くを移転させたとのことでした。そこは、品物はともかく、そのわずかばかりの石畳の街並みが坂となって後ろの濃い緑の山々に迫っていく、なんとも言えない風情と美しさを醸し出し、見るべきものがありました。ここはお奨めです。ここで、私の子ども時代を彷彿させてくれる小さなお店が1軒ありました。木枠のガラス戸を開けお店に入ると、そこは土間で、おそらく杉と思われる木で造った台に所狭しと焼物をならべてある。1間幅ほどの土間をはさんで40センチほどの高さで床が組んであり、框の後ろは畳敷き、そこにおばあさんと、その孫らしい4歳くらいの女の子が木で組んだ四角い火鉢に手を温めながら、「いらっしゃいませ」と言う。なんとも懐かしい、そこには私の昭和がありました。妻もここが気に入った様子で、結局、私の徳利とお猪口、それに湯呑とお茶碗、お皿を買いました。決して安くはありません。でも買い物をして、外に出ますとなぜか幸せな気分が満ちてきます。買ったものは焼き物ですが、得たものは昔懐かしい古いお店に、小さな女の子の笑顔、心優しく親切なおばあさんの佐賀弁、後から出てきた女の子のお母さんと思えるお店のお嫁さん。
「お母さん(妻のこと)伊万里に来てよかったね」 妻「うん」とひとこと。
 レンタカーの返却時間が迫ってきたので、その日は唐津に行けませでした。
武雄温泉駅に戻りレンタカーを返して、旅館まで歩いて行きました。想像していたよりはずっと良かったです。何しろ、去年の11月に今治の鈍川温泉に行ってからは、どんな温泉旅館でもいいと思えると妻は言います。(少し不遜ですが)
お部屋も、お風呂も、料理も、仲居さんも皆上品で良かったです。料金も手頃です。私は小さな町で、人が少ないのが気に入りました。大阪の真ん中で育ちましたが、最近、都会は好きではありません。人も車も多すぎます。大きなビルも嫌いです。武雄温泉とその町は何にもないところが特に良いです。
唐津に行ったのは、武雄温泉に泊まり、翌日、熊本の全研に参加し、熊本のホテルに泊まった翌朝つまり2日後です。博多から地下鉄とJRで行くのですが途中「かふり」という駅で、電車が止まってしまいました。強風のためです。
そこからタクシーで6,000円払って唐津に着きました。駅前にお店が2軒あり妻はそこでも、「こんなのが欲しかったのよ。この渋さというか、質素さがいいのよね。なんとも味わい深いわ」とまたまた買い始めました。「お父さんには分からないの?」私には分かりません。焼物のことは分かりませんが、焼物が好きだという妻のことは最近だいぶ分かってきたように思えました。



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