社長のひとり言
メタボ&アスペルガー 2011年3月 4日
メタボ&アスペルガー
2011年2月
正月休みの飲み過ぎ、食べ過ぎがたたったのでしょうか、体重が75キロから一向に減りません。前月のこの講で日ハムの斉藤祐樹君と身長体重は同じである、と書きましたが最近は少しばかり腰痛を感じるようになってきました。毎年の健康診断では68キロに落とすように言われています。若いときの体重は55キロから58キロ位でしたから68キロでOKはまだ有難いことです。何とかしなければという思いはあるのですが、いかんせん強固な意志というものを元来、持ち合わせていません。嫌なことはその内なんとかなるだろうと先送りするタイプなのです。
それにしても、体重増加でお腹が出てくると腰痛以外に様々な弊害が発生します。
ズボンが入らなくなる、靴下を履くのがしんどい、シャツが出る、などです。特に
シャツがズボンから出てしまうことには閉口します。若い頃(商社マンの頃)、会社の中年男性のワイシャツがいつもズボンから出ているのを見て、なんと見苦しい格好かと軽蔑していました。その頃はお腹が出ることでワイシャツが出るということをまだ知りませんでした。ただただ、なんてだらしのない、あんな中年には絶対にならないぞと青いことを言っていました。今、自分がその立場になって、やっと分かりました。30年かかりました。先輩方には本当に申し訳なく、心からお詫びする次第です。
どなたか意志の弱い私でも出来るダイエット法を教えて下さい。
お願いします。
同友会(異業種交流会・勉強会)の新春例会でまたまたやってしまいました。講演会が終わったあとの懇親パーティーで、仲のいい女性会員さんを見つけ言いました。「Mさん、髪型、変えたんですね」普段、妻が美容院に行ってきて、私が何も言わないことに妻は文句を言います。こんな会話です。妻が「お父さん(私のこと)何か気づかない?」私「えっ!今日は何か特別な日やったかな」妻「自分の妻の髪型くらい少しは見なさいよ」私「ごめんなさい」このやり取りを何十年もやりました。そこで私も学びました。女性の髪形が変わったら、そのことを言おうと。-----案の定、Mさんは笑顔で答えてくれました。私もうれしくなりました。------今度は知り合いになって15年になる男性会員のYさんを見つけました。「Yさん、久しぶりですね。髪がずいぶん薄くなりましたね」いつも笑顔のYさんですが一瞬、むっとしたように見えました。しかしそのあとは、いつもどおりの笑顔で「いやあ、脇長さん、歳はとりたくないねえ」と応えてくれました。このやりとり、自分でもまずかったかなと思い、帰宅してから妻に訊いてみました。妻「お父さんは、間違いなくアスペルガーね」(アスペルガーについてはこの講の去年の9月号を参照して下さい)私も分かっていました。それでも妻に「でも、本当のことをゆうただけや」とささやかに抵抗。妻「それをアスペルガーって言うのよ」確かにその通りです。本当のことだからといって、それを口に出して良い時と、そうではない時があります。この場合は明らかに間違っていました。やはり、私はアスペルガーのようです。(神戸のビル・ゲイツになれるかも) Yさん、ごめんなさい。お詫びします。
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思い通りにならない 2011年2月 8日
思い通りにならない
2011年1月
セレクトホームの定休日はお正月休みを0日とすれば年間75日です。そこで社員にお正月くらいはゆっくりさせてあげたいと考え、毎年年末年始には休みを9日間とっています。私もこの休みを楽しみにしています。この年末年始もいつもの湯村温泉に行き、あとは家で散歩と読書とお酒の毎日でした。
散歩と読書は良しとしても、お酒が余り良くないのは十分に承知しています。何に良くないかといえば、私の場合はずばり体重増加です。結局、気にしながらも9日間で3キロ増えて、とうとう75kgまでいってしまいました。(健康診断の時には68kgまで落とすようにいつも言われています)そして、言ってはいけないことを又々言ってしまいました。「お母さん(妻のこと)が美味しいおかずをたくさん作り過ぎるから、お酒がはずんで太ってしまうんや、それに日ハムの斉藤祐樹君も175cm、75kgや」これは明白な責任転嫁で、筋違いも甚だしい発言でした。妻は開いた口がふさがらないという顔で何も言いませんでしたが、明らかに不機嫌でした。
人は思い通りにならない時、往々にして他人のせいにして自分は悪くないと思いがちです。1月11日の神戸新聞朝刊の一面は全国高校サッカー大会で兵庫の滝川第二高校が初優勝した記事でした。以下に少し長いですが一部を転記します。
"抱き合って喜ぶ滝川第二イレブンを、栫(かこい)監督は涙を浮かべて見つめていた。「とにかくすごい。苦しいこともあったと思う。よく頑張った」何度もぶつかった指揮官とメンバーが、志を一つにして頂点にたどりついた。兵庫県予選の開幕を目前に控えた昨年の10月中旬、栫監督は選手たちに「勝手にしろ」と言い放ちグラウンドを去った。その頃の滝川第二はとても優勝を狙えるようなチーム状態ではなかった。練習中ミスが出れば「お前のせいや」と選手同士で責任を押し付け合い「まだ終わらんの」とコーチ陣に公然と不満を漏らす。自分勝手なプレーに走り、まとまりを欠いていた。そんな選手たちを栫監督は「無理やりやらせても心に響かない。自分たちで悪いところに気付いてほしかった」と突き放す。翌日も、その次の日も練習に姿を見せなかった。「本気で辞めるつもりだった」と指揮官。その思いに気付いた選手たちは緊急ミーティングを開き、とことん話し合った。そして1週間後。「もう一度お願いします」と全員で監督に頭を下げた。--------------------------------------------"
この講で何度も書いたことがあります飯田先生の「思い通りにならないことこそが、この世で最も価値あることである。そして思い通りにならない時にいかに対応するかが人間の価値(成長の度合い)を決める」という言葉は自分のなかで信念として根付いているつもりです。飯田先生は思い通りにならない時には、良心的で前向きで愛のある対応をしなさい。そうすれば人生はどんどんと良い方向に流れていく。反対に
良心的でなく、後ろ向きで、愛のない対応をしていけばどんどんと悪い方向に行ってしまう。と説いておられます。私もこれを信じています。にもかかわらず、上述のようにうまくいかないことを、妻のせいにしてしまうのです。まだまだ未熟で、成長過程ということでお許しを頂きたいと思います。心から反省しています。
滝川第二の選手たちもミスを「お前のせいや」と責任転嫁していたことに気付いたのでしょう。思い通りにならいことの原因が全て他にあるということは決してありません。かなりの忍耐を要しますが、全て自分の責任なのだととらえるほうがすっきりすると思います。何か思い通りにならないことが起こった時、それに関係した人すべてが原因は自分にあると謙虚にとらえ、他のせいにしなければ物事は必ず好転すると思います。もっと言えば(スピリチャルな考え方で否定される方も多いと思いますが)思い通りにならないことは実は生まれる前に自分で予め計画しておいたことか、あるいは神様が与えてくださったかのどちらかであるとも言えます。ですから、思い通りにならないことは成長するために必ず必要でなことで、とても順調なことだと考えています。繰り返しますが、思い通りにならない時、他のせいにして自分は間違っていないなどと考え行動すれば、残念ながら貴方には次々と悪いことが起きると考えましょう。それに、自分は悪くない、全部あの人のせいだ、などと無理やり思い込み続け自分を正当化することって、自身の心の中に何か後ろめたいような罪悪感みたいなものがずうっと残るのが人間ではないでしょうか。それなら、まだすべて自分のせいだと考え、問題解決のため価値のないプライドなど捨てて、良心的に愛を持って前向きに行動するほうがよほど心の平安を感じることが出来ると思います。
以上のこと言葉や文字にして言うのは簡単です。それは行動で示さなければ意味がありません。でも、実行していくのは大変なことです。場合によっては怒りや嫌悪や怠惰の感情に負けてしまうこともあるかもしれません。そんな時は謙虚に反省し、その相手に素直にごめんなさいと謝罪しましょう。必ず良いことが起こります。そして一日一日少しずつ、少しずつでいいですから成長していきましょう。
(追伸)
1月8日、我家の愛犬アリスが急におかしくなりました。私が夜の8時半頃帰宅すると、いつものところにアリスがいないので、寒いから妻が家の中に入れたのかな思い、見てみましたがいません。犬小屋にもいませんでした。よく見ると玄関アプローチのタイル横の土の上に、大量のドッグフードを吐いた跡を見つけました。アリス、アリスと呼ぶと家の奥で動くのが見えました。うずくまっていたのでしょう。よろよろっと起き上がったかとおもうと、すてんと前足から崩れてしまいました。よろよろしてまともに真っすぐ歩けないのです。その日は家の中に入れて様子をみました。アリスはひょっとしたら死ぬのではと考えました。次の日の朝も様子は変わりません。やむを得ず日曜日でしたが動物病院の先生の携帯に電話しました。先生があとからお電話を下さいました。夜でしたが今から連れて来て下さいとのことで、すぐに連れて行き、脳梗塞らしいということが分かりました。最初は毒でも盛られたのではと考えましたが脳梗塞と聞いて変な言い方ですが少しホッとしました。先生は休診日の夜にもかかわらず懸命に治療して下さいました。お陰で今は、頭が少しだけ右に傾いているのと、時々ですがカクンと前触れなく転ぶことがありますが、元気に散歩をしガツガツと食べています。最初の3日間は飲まず食わずだっただけにかなり良くなったと喜んでいます。今考えますともし、アリスがいなかったら一切運動せず、私の体重は75kgどころではなかったかもしれません。私のほうこそ脳梗塞になっていたかもしれません。本当に感謝しています。神様、先生、アリスありがとうございました。
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ナンバーワン 2010年12月25日
社長のひとり言
2010年12月
ノーベル化学賞受賞の根岸英一先生(75歳)のインタビュー記事が朝日新聞の朝刊(12月7日)に掲載されていました。一部、抜粋してご紹介します。
聞き手「大リーグ・マリナーズのイチロー選手に共感を覚えるとか。」
先生「イチローは自分が持つ能力を冷静に分析して自分のやり方を追求しています。同じことを繰り返すのは実に難しいのですが、同じようにヒットを打ち続ける能力があります。本当はホームランも打てるのでしょう。けれど彼の結論は『ヒットが打てればいい』と。そのあたりに私との共通点があります。」---------------------------------
聞き手「競争は大事ですか。」
先生「確かにゆとり教育もすそ野を広げるという意味ではいいのかもしれません。でも、人間の本当の力を引き出し、優秀な学生をさらに伸ばすには、何より競争が大事です。競争がないと、客観的な評価を通して本当に何が自分に向いているのか、自らをみつめる機会がない。かえって不幸。自信がある分野を見つけたら研鑽に全力を注ぐ。つらい道かもしれないが、楽しい道でもあるはずです。」
イチローがヒットを打ち続けるのも、根岸先生がノーベル賞を受賞できたのも競争があったからこそで、自分に向いている分野を見つけ出すためには競争が必要であると。絶対ではないにしても大部分の現実に当てはまるように思います。
以下は同じ頃、読んだ乙武洋匡氏(五体不満足の著者)の小説「だいじょうぶ3組」の一節で、小学校の5年3組の担任である主人公、赤尾先生と同僚で先輩の紺野先生がスマップの大ヒット曲"世界に一つだけの花"の歌詞についてのやりとりです。
赤尾「そんないい曲なのに、どうして紺野先生はあまり好きじゃないんですか?」
紺野「子供たちにとっても名曲か、ということなんだ。さっきも言ったように、もうオレらは頭打ち。でも子供たちはちがうだろ。あいつらには、まだまだナンバーワンになれる可能性がある。それなのに『ナンバーワンにならなくてもいい』って。はじめから逃げることを教えてどうする、と思っちゃうわけだよ」
赤尾「やっぱり、子どものうちはナンバーワンを目指すべきなんですかね」
紺野「結果的に一番になることが重要だとは思ってない。でも一番になろうと努力することは大事なんじゃないかな。その努力が自分の能力を伸ばすだろうし、逆に努力しても報われない経験を通して、挫折を知ることができる」
赤尾「挫折-------ですか」
紺野「挫折ってさ、オレは大事だと思うんだ。そりゃ傷つくのはしんどいけど、人間は挫折をくりかえすことで学んでいくんじゃないのかな。自分がどんな人間なのか。どんなことに向いていて、どんなことに向いていないのか、なんてことを」
--------------------------三杯目のビールでのどを潤わせた紺野が、ふたたび口を開いた。
紺野「いまの教育現場は、正反対なんだよな。子どもをいかに傷つけないようにするか。挫折を経験させないようにするか。まさしく『君は君のままでいいんだよ』とビニールハウスで囲いこんで温室栽培でもしてる感じ。こんなことしていたら、かえってあいつらが将来的に苦労すると思うんだけどな」
帰り道、ほおを赤く染めた赤尾は、ほろ酔いながら意外にもしっかりした口調で、白石優作(赤尾先生の補助員、赤尾が五体不満足なため)に語りかけた。
赤尾「今日の今野先生の話、このまえ優作が言ってたことと、ずいぶんかぶるとこがあったな」
白石「うん、『傷つくことをおそれて、チャレンジできない』とかね」
赤尾「でも、見方を変えれば、『子どもが傷つかないように、チャレンジさせてない』ってことなんだろな。学校が、教師が」
白石「たしかに、そういう言い方もできるね」
赤尾「優作、見えてきたよ。あの歌に対する、オレの答え。最終的に目指すのは、やっぱりオンリーワンの存在。でも、オンリーワンになるためには、きっとナンバーワンを目指す時期が必要だと思うんだ」
白石「なるほどねえ-------。じゃあ、どうやって子どもたちの目を『ナンバーワン』に向けていくのか。担任として、腕のみせどころだね!」-------------------------
はからずも、ノーベル賞の根岸先生と五体不満足の乙武洋匡氏は競争について、若干のニファンスの違いはありますが、ほぼ同じような見解を述べておられます。競争すること、一番になろうと努力することによって、自分の能力を伸ばし、何が自分に向いているのかが分かるのである、という考え方と捉えました。確かにそのとおりだと思います。極端な言い方をすれば、その競争が人類をここまで発展させてきたのだと断言できるかもしれませんね。
しかし、こと私に関して言えば生まれてこのかた、一度も一番になろうとか、競争に勝とうなど思ったことがありません。子ども時代の運動会のマラソンでも、スタートする時からどうせ負けるのだから何も必死になって走ることもないや、と考え先生に怒られない程度にしか走りませんでした。今、冷静に謙虚に自分を振り返ってみても、私は人生をただ何となく、その場その場をしのぐために生きてきたような気がします。少しは成長したかと思える今の自分から見れば、とても恥ずかしい情けない行動であったと反省しています。結果的にはセレクトホームという会社の社長をしていますが、サラリーマン時代から、必ず独立して会社を興すんだ、社長になるんだなど、欠けらも考えたことがありません。ずっと偶然に、たまたまそうなっただけだ、自分はなんか運がいいなあ、ついてるなあとしか考えていませんでした。
けれども、そのような考え方が飯田先生やワイス博士(アメリカの精神科医)の著書に触れることによって、一変してしまいました。今は、決して偶然そうなったのではなく、そのようになるべくしてなった、そのような使命を持って生まれてきたのだと、考えるようになりました。もし、人間一人一人すべてそのように使命を持って生まれてきているとすれば、なにも一番になりたいと思わなくても、自分に向いていることを見つけられることもあると思うのです。決して、根岸先生、乙武洋匡氏に逆らうわけではありませんが、競争すること、一番になりたいと努力することが全てではないと言いたいのです。
努力することの重要性は誰も否定できません。ただその努力に一番になるためとか、競争に勝つためとかという動機ではなく、これは必ず人の役に立つことだからとか、自分の使命なんだからという信念で臨んでいくことのほうが大切ではないか考えています。もっとも、ビジネスの世界とはまさに競争そのものです。私たちの会社も例外なく厳しい競争に曝されてきました。会社創業して15年の間に多くの同業者が市場から去っていきました。にもかかわらず、弊社がやってこられたのは、いうまでもなくお客様と社員とその家族のお陰であると断言できます。本当に心から感謝しています。でも、考えようによっては無意識のうちに競争に負けてはいけないと、相当な努力が少しくらいはあったのかもしれませんね。
私は今、家づくりの仕事を使命・天命ととらえていますから、そのことに努力することはさほど苦ではありませんし、むしろ楽しいときのほうが多いです。そういう意味では根岸先生の「つらい道かもしれないが、楽しい道でもあるはずです」のお言葉は当てはまっていますね。私はナンバーワンを目指しませんし、決して大きな会社にしようなどとも毛頭考えておりません。住宅会社が大きくなれば必ず、"早く、安く、簡単に"家づくりするようになります。それは私の目指すところではありません。またお金儲けすることも私の使命ではありません。しかし、会社を維持・発展させ、社員に人間らしい暮らしと成長してもらうため、お客様により良い住まいに住み続けて頂くための最低限のお金は必要ですから、それは適正利益として頂戴します。私が目指すのは、思い上がりかも知れませんがセレクトホームにかかわるすべての人の幸せ(人間的成長)です。いい格好するな。出来もしないことを言うな、とお怒りかもしれませんが、私の本心ですし、何よりも喜びなのです。少しずつ、本当に少しずつしか出来ません。それでも少しずつやっていきます。みなさん、応援してくださいね。
※ 参考
"世界に一つだけの花"の歌詞 作詞・作曲 槙原敬之
花屋の店先に並んだ いろんな花を見ていた 人それぞれ好みはあるけれど どれもみんなきれいだね この中で誰が一番だなんて 争うこともしないでバケツの中 誇らしげにしゃんと胸を張っている それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる 一人一人違うのに その中で 一番になりたがる そうさ僕らは世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに 一生懸命なればいい
困ったように笑いながら ずっと迷ってる人がいる 頑張って咲いた花はどれも きれいだから仕方ないね やっと店から出てきた その人が抱えていた 色とりどりの花束と うれしそうな横顔 名前も知らなかったけれど あの日僕に笑顔をくれた 誰も気付かないような場所で 咲いてた花のように そうさ僕らも世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに 一生懸命なればいい
小さい花や大きな花 一つとして同じものはないから
ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン
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やれば出来るか 2010年12月12日
やれば出来るか
2010年11月
秋も深まり、我家の庭木もかなり色付いてきました。今年はハナミズキとヤマボウシも美しい紅に染まり、そして山茶花のつぼみが一つ一つとひらいていきます。その山茶花に時折、蜜を吸いにくるのでしょうか、小鳥たちもやって来ます。ケヤキの葉が黄色くなってハラハラと舞い落ちる姿に、小さな庭ですが、深まる晩秋の趣にやわらかく浸り、私は静かな休日を幸せに過ごしていました。
妻が「お父さん、ケヤキの葉っぱが全部落ちたら、またきれいに剪定してね」
我家のケヤキは高さが約8mくらいまでになってしまい、我家ばかりか隣家の軒樋までも落ち葉でいっぱいにしてしまうのです。当然のことながら、隣家はいい顔をしません。
私「ああ、ええよ、できるだけやるわ。」妻「できるだけではダメよ、隣のほうにいってる分も切ってくれなくちゃ」私「あっちは難しいわ」妻「またそんなこと言って、やる気がないんだから、やる気になってやれば出来るものよ」
巷の生き方本、啓蒙本、成功者たちの著書の多くは"やればできる""努力は必ず報われる""人と同じことをしていては競争に勝てない""成功するまで決してあきらめない"等々、成功する人と成功しない人の違い、努力することの尊さを言い続けています。確かに努力することは誠に尊いことで、誰も否定できません。私自身も出来る範囲内で精一杯努力しています。問題はこの"出来る範囲内"をどうやって決めるのかということではないでしょうか。巷のまた別の多くの本では"がんばらなくてもいいんだ""あるがままの自分でいいんだ"等々人生において成功することなど大した意味はない、勝ち組、負け組みなどと人間をあたかも財産で評価するかのような思想はもってのほかである、と説いています。
私は一人の経営者としては負け組みになるわけにはいきません。またお客様へのアフター、社員や関連の人々の人間的成長、生活向上を考えれば、事業は成功させ続けなければならない立場にあると確信しています。しかし、経営者ではなく一人の人間として自分を見つめ直したとき、私は、がんばらなくてもいいんだ、あるがままの自分でいたい、と思うことがしばしばあります。競争に疲れたわけでも、成功者になったわけでもありません。多分、年相応の考え方なってきたのではないかと想像しています。
最近なんとなく思うのですが、成功を目指す人たちと、成功を目指さない人たちの二種類の人々が存在することによって世の中は、うまくバランスが取れているのかもしれませんね。やれば出来ると考え将来の成功を目指す人、やっても出来ないと考え、今、目の前にあることを幸せと思う人。どちらも大切な考え方で両方とも必要であると思います。隣まで伸びたケヤキの枝を切ること、やれば出来ると考え木から落ちることも恐れず精一杯努力するのか、やっても出来ない、木から落ちて大怪我をするかもしれないからと考え業者に任すのか、全然話の内容が、成功を目指すこと、目指さないことと食い違っているかもしれませんが、この件に関しては、私はやっても出来ない、成功を目指さないタイプだと、そんな気がします。このことから言えるのは、楽しいこと・好きなことは"やれば出来る"が当てはまり、嫌いなこと・楽しくないことは"やっても出来ない"とこれが"出来る範囲内"の結論ではないかと思うようになりました。
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デフレ 2010年11月20日
デフレ
2010年10月
今月も6月に引き続き夫婦で一泊旅行に行ってきました。H交通社のパック旅行です。
厳島、錦帯橋、萩、津和野の4箇所を巡り、温泉宿に泊まっての2万円は安いと思い、申し込みました。萩には2年前の夏に友人たちと行っていますが、とても気に入った街なので、もう一度妻と行ってみたいと思っていました。妻も焼き物が大好きなので、萩焼の買物を楽しみにしていました。
錦帯橋と津和野は初めてでした。錦帯橋を渡り、津和野で大きな鯉を見て、萩の街では二人でレンタサイクリング。妻は自転車に乗るのは子供のとき以来だと言っていました。格好は良くありませんが、ころぶことなく数々の名所を見て廻り、萩焼の買い物も無事済ますことができました。あまり期待していなかった旅館のお部屋も、お風呂も、夕食も適度な量と味で満足しました。厳島は2度目ですが相変わらず美しい姿で、海に接しているせいか、かわいらしい鹿たちのせいか、とても爽やかな気持ちで参拝することができました。またまた幸せな気分に浸ってしまいました。
しかし、それとともにひとつ不安なことが頭をもたげました。この旅行、確かにパック旅行ですが、新幹線で広島まで行き、そこからバスで4箇所をめぐり、温泉旅館に一泊し福山から新幹線で帰る、という行程が2万円で採算が合っているのだろうか。私たちにパック旅行の経験が少ないせいなのか、私が経営者のせいなのか、それともデフレのなせるわざなのか、皆さんは余計な心配は無用ですよと言われると思いますが、私は心配でなりません。H交通社が赤字旅行を企画するわけがないとしたら、もちろん企業努力が大きいのでしょうが、これはまさにデフレの賜物だと思うのです。スーパーにいって、納豆の3パックセットが68円、うどんやそばの玉の20円を見るとき、製造者は一体いくらの利益があるのだろうかと、やはりここでも余計な心配をします。国内の総人口が減っていき、高齢者人口が増えていく。消費する量は当然減ります。海外に活路を見出せる企業はよしとしても、国内だけにしか市場を見出せない企業は、益々厳しい競争に曝されます。資本主義では競争することによって国民の生活レベルの向上が計られると学びました。私もそう考えていました。確かに過去の多くの部分ではそうでした。しかし、今の現実はどうでしょうか。競争ですから、必ず勝つものと負けるものがでます。勝ったものが負けたものを助けるのが本来のあるべき姿ですが、勝ったもの自身が更に厳しい競争に曝されている現状では、とても勝ったもの皆が、負けたものを救うことはできないと思います。
最近のニュースで、国税庁のデータから2008年に比べて2009年の給与所得は平均約23万円程度減った、と伝えられていました。子育て世代が月に2万円の減収では益々将来への不安が増大するだけでしょう。働くことの意義をある程度、前向きに理解しないと生きていくことがとても苦しくなると思います。お金を得るため、食っていくために働くのは事実ですが、それだけが目的となってはあまりに寂しい人生です。すべてのことには理由があり価値がある(飯田先生の教え)とするならば、この給料が下がるというデフレの今こそ、私たちは生きていくことの真の意味を問う良い機会に恵まれたといえるのかもしれませんね。
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