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社長のひとりごと

~義父母~

2017年9月

 私の大好きな義父(妻の父)が認知症になってもう既に7年以上経ちます。今92歳です。義父は瀬戸内海の小さな離島(現在人口14人)に生まれ、兵隊に行き、捕虜になり、帰ってから船員になりました。学歴はありませんでしたが独学苦学して1等航海士の資格を取り、外国航路の船長になり、そして定年まで勤め上げました。そんな義父でしたが85歳を過ぎてから少しずつ症状が現れてきました。それでも義母と二人、離島で暮らし続けてきましたが、4年前、さすがに限界が来たものと、二人を我が家に招き入れ、妻と私の4人で生活を始めました。

義母は足が極端に悪く、(みかん農家でしたから重たいみかんを背負って山道を登り下りし過ぎたせいと思います)まともに歩くことが今でも出来ません。義父は散歩が好きですが義母がそんな状態ですから、一人では散歩に出られません。一度、本人が大丈夫だからと言って、一人で散歩に出ましたが案の定、迷子になり大変な思いをしました。そこで義父にデイサービスに行ってもらうようにしましたら、義父は大変な気に入りようで、デイサービスが休日の土日も、道路に出て、迎えの車が来るのを待っているという有様でした。私達夫婦も義父に楽しみが出来て、よかったなあと一安心しました。ところが予想外のことが起こりました。義父が毎日デイサービスに行くことを義母は快く思わなくなってきたのです。義父はデイサービスから帰ってきたとき、よくこう言いました。「今日も女給さんに風呂に入れてもろうて、気持ち良かった」女給さんとはもちろん女性介護スタッフのことです。心が戦前の青年時代に飛んでいるのかもしれません。この言葉は義母に限らず女性であれば、あまりいい気はしないとは思いますが、如何せん認知症ですから、そこは理解して上げて欲しかったというのが正直な気持ちです。義母にすれば義父が定年で家に帰ってからは、いつもずっと二人一緒に暮らしてきました。それまでは1年に2週間から1ヶ月くらいしか家にいなかったそうです。だから、月曜から金曜まで毎日、デイサービスに行かれて一人になるのが嫌だったのでしょう。そう察した私達夫婦は義母にもデイに行くように勧め、見学に行きました。しかし、「わしゃぁ,あげなところは好かん」の一言でした。結局、我が家に約4ヶ月いて島に帰っていきました。義父は最後まで帰ることを嫌がっていましたが、義母に説得されて最終的には帰らざるを得ませんでした。その時、私達夫婦はというと正直ほっとしたというのが恥ずかしながら事実です。僅か4ヶ月の同居でしたが、小さな我が家では想像以上に妻も私も負担となりました。

そんな二人があれから4年経ち、もういよいよ限界も超えた、義母も心臓が悪く手術の必要もあり、神戸にやってきました。手術は無事成功しました。義母の入院期間の間、義父にはグループホームに入ってもらいました。最初は普通に過ごしてきたのですが、3ヵ月を過ぎた頃から、しきりに「家に帰る、家に帰りたい」と施設のスタッフに訴え続けるので、とうとう施設側から退去勧告を受けました。義母にも施設に入るよう説得しましたが、やはり断固拒否されました。義母は義父を連れて島へ帰る、の一点張りです。87歳の歩けない義母と、92歳の認知症の義父が二人でどうやって離島で暮らしていけるのか。あり得ないというのが真実です。それでも、来た時と同じようにタクシーで呉の豊島まで行き、どうやって船に乗ったのか離島に帰っていきました。今回、義母は義姉のところにいました。義姉も相当なストレスでやつれきっています。妻と私はとても重苦しい気分です。自分のしたことはこれでよかったのか。心の底から可とはできません。決してこれでよかったとは思っていません。でも解決策は簡単には見つかりません。今はただ、義父母の平穏を祈るのみです。“人生は苦である”釈尊の言葉をまた噛みしめています。私、未だ成長せず。

| 17年09月19日

~こだわり~

2017年8月

 ここ数年、「こだわり」という言葉を良い意味で使っていることが流行っています。
弊社も自社の標準仕様をこだわりと表現し流行に乗ろうとしています。しかし、こだわりという言葉は本来は、どちらかと言えば否定的な意味合いを持った言葉です。私の持っている昭和44年発行の国語辞典には文例として「体面にこだわる」と表記されています。体面にこだわる、という言葉から善なるもの良心的なものをイメージすることには無理があると思います。ところが現在のネット辞書では「こだわりの逸品」「こだわりの旅」「こだわり続けた人生」として価値あるもの、評価されるべきものとして表記されています。言葉は時代とともに、その意味するところが変わっていくのは仕方がないことです。諸行は無常ですから。しかし、良心的でなく善とも言い難いものを、自分のこだわりとして、かたくなにそれを保持し続け、決して放さない人々がいます。私もその一人です。休日でも私は6時前には起床します。そして6時過ぎにはウッドデッキの椅子に座って、庭の木々や草花を眺めながら、小鳥たちの鳴き声を聴き、早朝の新鮮な空気とともに、ビール(第3のビール)を飲んでいます。妻には、その日が休日であることを心から実感させてくれる、無上の喜びの現れであり、また自然とのふれあいのひと時であると、薀蓄を垂れ、そして自分でそれを「こだわりの朝」と自分に言い聞かせ、自己満足の世界に浸っています。しかし結論からから言いますと、「ただの酒飲み」です。これが真実です。朝から酒を飲んで体にいいわけがありません。絶対に善ではなく、また良心的な行為でもありません。したがって、こだわりという言葉を使うのであれば、それは良心的で善なる行為でなければならいと、私は定義づけました。
 私の「こだわりの朝」は単なる酒好男の慾であり執着です。ところで仏教では執着(しゅうじゃく)は捨て去るべきものとして説かれます。人間の一切の苦しみの原因は執着からくるものです。ですから執着を断ち切れば、苦から解放されます。ところが人間は生きたい、楽しい人生を送りたい、人から評価されたい、おいしいものを食べたい、旅行に行きたい、美しいものを見たい、楽しい音楽を聴きたい、と望みます。私もそうです。私はひねくれ者ですから、これらを執着と言い、苦しみの原因となるのであれば、敢えて執着しようと思います。そしてその結果、思い通りにならないことの連続に苦しみます。そこで、その苦しみから逃げずに、それを正面から受け止め、その苦しみに感謝し、克服すべく精進努力するのです。そうすれば、そこにこそ真の喜びを見出すことが出来るのではないかと思います。それに意外と、その時には執着(こだわり)から少し距離を置けるようになっているかもしれません。人間の未来は分かりません。明日、死ぬかもしれません。だからこそ、今を精一杯、誠実に良心的に生きる必要があると思います。出来れば、善でなく良心的でないこだわりは捨て、人の為になるこだわりに執着し、そして苦しみ、死んでいく。それこそが悔いのない幸せな人生であると信じています。飯田先生は「思い通りにならないことこそ、この世で最も価値あるものである」と説かれます。自分のつまらない慾にこだわらず、少しでも人が喜ぶ人のこだわりを理解し、そのことに協力する。そんな人間になりたいと願って止みません。

| 17年09月01日

~リフォーム2~

2017年7月

 我が家は10年前リフォームしました。リビングの床にヒノキを、天井に杉を張り、壁には珪藻土を塗りました。キッチンも新調しました。これでもう十分である、と思っていたら、「妻がリフォームしよう」と言い出しました。妻に「お母さん(妻のこと)高瀬舟を読んであげようか」これは最近、私が妻によく言う半分本気、半分ジョークの常套句です。高瀬舟のことは、この講の2015年5月高瀬舟で記しました。参照して下さい。森鴎外の有名な小説です。江戸時代の物語で、主人公の喜助を通して所謂「足るを知る」ことの大切さを説いた事実に基づいた短編小説です。これを読めば、不満ばかりを口にしている大方の人は、今の自分の幸せに気づかされると思います。つまり私は妻に、今の家でもう充分ではないか、と言いたかったのです。しかし妻は「もう読んだ」とあくまでも更なるリフォームを主張します。2階和室の壁の塗り替え、1階の風呂とトイレの入替、そして庭にウッドデッキを作る。そう言ってききません。確かに2階の和室の聚楽壁は長年、嫁入りタンスを3竿を並べていたので、それを去年撤去処分しましたが、その痕が染みだらけで汚かったのです。しかし風呂は多少ヒビやカビは目につきますが、新築時(といっても27年前)からユニットバスだし、トイレもたまに水漏れしますがシャワートイレですから私には何の不満もありません。しかし、妻は「自分のためたお金でやります」と。結局やることになりました。
 昔から「やったこと、言ったことは必ず自分に返ってくる」と言われています。悪いことをすれば悪いことが、良いことをすれば良いことが、汚い言葉を吐けば、汚い言葉で罵られ、やさしい言葉をかければ、優しい言葉が返ってくる。その通りです。宇宙の法則です。
私は30歳代、不動産仲介営業マンをしていた時期があります。なかなか買ってくれないお客様に、ご自宅(古いアパートやマンション)を訪問し「お父さん(お客様のこと)娘さんを、この家から嫁に出すのですか!」と一か八かのクロージングトークをよく使っていました。怒ったお客様もいらっしゃいました。当然のことです。私なら100%怒ります。
でも、「わかった。買うよ」と言って頂いたお客様も大勢いらっしゃいました。人間の価値と住まいにはなんの関係もありません。にもかかわらず娘さんを引き合いに出し、両親の見栄を呼び起こして、物件を買わそうというミエミエ自己中の魂胆です。今振り返ってみれば、なんとひどい営業マンだったかと、ただただ恥じ入るばかりです。猛省しています。
節約家の妻がリフォームをすると言った最大の理由は、この度結婚した次女の見栄を叶えてやりたいとの一心からでした。自分(次女)の夫や舅、姑が実家(我が家)を訪ねてきたとき、しみだらけの壁と襖、カビとひびの入った風呂、擦り切れた畳、破れかぶれの網戸、夜になるとゴキブリが這いまわるリビング。次女は口にしたことは一度もありませんが、妻は忖度したのでしょう。「お父さん、娘さんをこの家から嫁に出すのですか!」と強弁し家を買ってもらっていた私が、30年経って妻から「お父さん、この家に婚家の人を呼ぶのですか!」と返ってきました。宇宙の法則から誰も逃れることは出来ません。やったことは必ず返ってきます。またまた思い知らされました。            感謝、反省

| 17年08月08日

~是非もなし~

2017年 6月

以下は部下と課長のやり取りで、有名な笑い話です。
部下「課長、スイマセン、例の商談、失注しました」
課長「どうしてそんなことになったんだ。99%確実と言ってたじゃないか!」
部下「何を言っても言い訳にしかなりませんから」
課長「失注の原因は今後のためにも、きちんと把握しなければならない。説明したまえ!」
部下「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で失注しました」
課長「言い訳するな!!!」と怒鳴る。
 部下は最初、言い訳はしませんと言いましたが、課長が説明しろと命じたため説明しました。すると課長は「言い訳するな!」怒りました。課長はなぜ怒ったのでしょうか?
 織田信長は本能寺の変で、家臣の明智光秀に討たれました。そのときに発した有名な言葉が「是非に及ばず」です。この信長の言葉の意味するところは色々と解釈がありますが、私はこの様に考えています。確かに光秀謀反の原因は自分(信長)にある。しかし、いまさら、こうなった理由や原因を考え追及したところで何になる。この結果を受け入れ、ここで死ぬまでだ。いいも悪いもない。これが「是非の及ばず」となったのだと思います。ここで大事なことは、二つあります。信長はまず、“自分に責任がある“と認めたこと。もう一つはその結果を受け入れ、責任をとる。つまり切腹する→死をもって償うということです。もちろん、あの場面では信長は切腹しなくても、討たれたと思われます。しかし、切腹しようが討たれようが、その意味するところは同じであると思います。
 課長が怒った理由はこうだと思います。部下の発言には、信長のような心意気も責任感もなかったのです。失注の原因は自分にはない、自分なりに努力はしたが、原因はほかにあると責任転嫁したのでしょう。およそ人間が関わって、ある結果が出た時、その人に何の責任もないということはあり得ないことです。どんなことにでも関わったその人に責任の一部があるのです。自分の努力不足を棚に上げて、他に責任を転嫁するような人間は、はっきり言って最低であると断言します。本当に限界まで努力した人は決して言い訳をしません。そして、万一、最悪の結果が出たとしても「是非に及ばず」と腹をくくるのです。今の時代は切腹までする必要はありませんが、人間にはそのくらいの覚悟が必要だと思います。もっとも、本当に限界まで努力すれば、まず九割がたは良い結果が出るということを皆さんはご存じのはずです。私も知っています。
 ところで、私は妻から「言い訳名人」と言われているのです。偉そうなことを記しましたが、家では妻の言う通りです。きっと妻に甘えているのでしょう。これも言い訳ですね。差別的かもしれませんが、男子たるもの、どんな時も言い訳をしてはいけません。そしてどんな時でも、自信をもって「是非もなし」「是非に及ばず」と言えるくらいの努力と精進を続けることが、人間に課せられた使命ではないかと思います。どんな結果が出ようとも、それはそれで構わないのです。それによってその人の人間的価値が上下することは絶対にありません。早く妻から「言い訳名人」と呼ばれることがなくなるよう、もっともっと精進します。

| 17年06月29日

~生成発展~


2017年 5月

 つい最近、弊社を4年前退職した社員が急死しました。彼はセレクトホームで約6年間働き、そして独立しました。とても優秀な人でした。誕生日が私と同じでしたので、彼の歳のことはよく覚えています。私より15歳下でした。一昨年、同じ経営者仲間で3歳下の方が、やはり急死しました。人は必ず死ぬと分かってはいても、やはり身近で年下の方が亡くなられるのはショックです。飯田先生は全てのことには意味がある、死ぬことにも意味がある、と言われます。私にはよく分かりませんが、多分そうなのでしょう。しかし、残された遺族にとっては、たとえどんなにりっぱな意味があろうと、長寿を全うしたのでなければ、生きていてほしかった、と思うのが人情であると思います。
 死んだら人間はどうなるのだろう。過去多くの宗教者、哲学者、思想家、科学者たちが考えてきました。基本的に人間は死を恐れます。だから死後も天国や極楽があるからと宗教は教え、そこに救いを求めます。私もその一人です。2008年、「生きがいの創造」(飯田史彦著)という1冊の本をきっかけに、生まれ変わりのことを学び、以来ずっと信じています。飯田先生は死を「体から離れて生きる」と定義され、いろんな事象(事実)や自身の体験などから魂(意識体)は不滅であると確信されています。生まれ変わりに関しての著書はイアン・スティーブンソン、ブライアン・ワイス、エリザベス・キュブラー・ロス、キャロル・ボーマン等々、数多くあります。これら著書に触れることで私の生まれ変わりに対する考え方は確固たる信念にまで成長しました。そして私は救われました。
(この講でも2008年9月2012年2月2012年9月に彼らの著書の内容を一部記しました。是非、HPでご覧下さい)その後、緑内障になったことをきっかけに、今度は仏教の勉強を少しずつするようになりました。とても難しく、凡庸の私ではなかなか理解が進みませんが、そのなかに「空」という思想があります。この世の中のものはすべて「空」である。つまり目に見える全てのモノに実体はない、という教えです。私はこう考えています。飯田先生が言われる通り、死んだあとの世界こそが本当の意味での真理の世界であり、私たちの本当の居場所なのです。この世は魂のレベルを成長させるための道場のようなものである、というものです。だから何度も何度も生まれ変わって、学びを深め、魂を成長させるのです。平たく言えばこの世は仮の世界である。したがって、そこで見るもの、得るものはすべて「空」(からっぽ)なのです。真理の世界(あの世)では肉体はありません。ただ意識のみが存在しています。意識しかありませんからモノを所有するということがありません。モノの所有がありませんから競争もなければ、妬みもありません。もちろん体もありませんから、病気になることも死ぬこともありません。それに対比して、この世では人間は身体を持っているがために、生存欲、所有欲を持つようになります。死を恐れるようにもなります。そこにこそ「苦」が始まる元があるのだと思うのです。体の無い世界(真理の世界、意識だけの世界)をキリスト教では天国、神の国と言い、死ねば必ずそこに召され、仏教では極楽とよび、死ねば必ず、そこに往生できると教えます。死は忌むべきものでも恐れるものでも悲しむものでもありません。「人間が生まれ死んでいくという一つに事象は、人間の生成発展の姿なのです。生も発展なら死も発展です」いみじくも経営の神様といわれた松下幸之助氏の言葉です。

| 17年06月04日

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